小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(80) 「患者虐待事件」に思うこと

D 様



庭に雪が下りてきました。
この地の空を覆う雲が、ひっそりと落としているのです。
雲は、この町から陽射しと影を奪い、景色をくすませました。

道を行く人は、身を縮め、急ぎ足で通り過ぎて行きます。
吐く息の白さも残さず・・・。

雪は積もるのだろうか?
私は、ひとり空を見上げ、明日の雪景色を思い描いています。
春が歩みを止めたことを感じながら・・・。




さて、D様 ー。
11年前の晩秋ことです。
私は車で、父が入院しているF市内の病院に向かっていました。

その日、私は、所用のため2週間ぶりF市に来ていたのです。
用事を済ませたのは、午後7時を回っていました。

私は、父が入院して以来、あまり病院に足を運ぶことが出来ませんでした。
仕事に追われていたことと、F市は、私が居住していたFT町から長距離であったことなどが理由です。
しかし、「そんなことは言い訳にならない」・・との言葉が、常に私の脳裏から離れず、心苦しさがありました。

病院の面会時間は、とっくに過ぎていましたが、私は、顔だけでも見て行こうと思いました。
父は個室にいましたので、他の患者さんの迷惑を考慮する必要はありませんでした。

日はとうに暮れ、国道4号線をライトを点けた車が行きかっていました・・・。


D様 ー。
父の病気は、胆管に出来た悪性腫瘍・・癌 でした。
病気が発覚して以来、7~8ヶ月の間、父は入退院を繰り返していました。

しかし、入院の数を重ねるたび、父の体力は衰えていき、当時はほぼ寝たきりの状態になっていました。
それでも、母が付き添っている日中は、ベッドに起き上がり話をすることもあったようです。痛み止めの麻酔薬を点滴することが多く、頭が朦朧としがちだったのですが、時々、本来の父に戻るようでした。

夕方、母が帰った後は、看護師さんに任せることになります。
完全看護ということで、看護師が時間ごとに世話してくれるのです。


父の顔を見るのは、2週間ぶりでした。

私は、駐車場に車を停め、夜間用の出入り口から病院に入りました。
エレベーターホールには誰もいず、私はひとり上の階へのボタンを押しました。

「もう、寝てるだろうな・・・。」
エレベーターを降り、歩きながら見た看護師の詰所には、人の姿は見えませんでした。

私は、父の病室のスライドドアを開けました。
ベッドで寝ている父の姿が見えました。眠っているようです・・。

私は、静かにベッドに近づきました。
そして、父の姿を見て・・・
私は、愕然としました。

父の四肢が、ベッドに縛り付けられていたのです。
父は「大」の字で仰向けになり、手と脚はベッドの鉄枠に固定されていました。

私は全身から血の気が引きました。
何ということを・・・。
私はすぐ、その拘束具を外しにかかりました。

その拘束具は、大きなマジックテープで留められていました。
本人が外そうと思っても不可能です。

夢中で拘束具を外し終え、私は、父の体を動かしてあげようとしました。
しかし・・動きません。
私は、掛け布団を剥ぎました。そして、さらに愕然としたのでした。

父の体は、胴部分も固定されていたのです。
それは、女性のコルセットのように必要以上に締められていました。
それは痩せた父の体を締め付け、ウエストのくびれを作っていました。

高まる動悸の中・・・私は、その拘束具も外そうとしました。
しかし、そこには鍵が掛けられていたのでした。

私は、ベッドの枕元にあるナースコールを押しました。

毎晩、こんな状態にされていたのだろうか・・・。
私は、全身が熱くなるのを感じました。

私は父の枕元に行き、声を掛けました。
「お父さん。大丈夫? 今、看護師さんが来るからね。」

その言葉を聞いた父の反応は、さらに私を驚かせました。
私がそう言ったとたん、父の体に緊張が走ったのです。
そして、「はい!」と言うのです。目をつぶったまま、緊張を含んだ声で ー。

朦朧とした意識の中で、父は私の言葉をどう聞いたのでしょう・・・。
言葉の意味は、とっさに理解出来なかったのだと思います。
女の人の声・・つまり看護師です。父は、看護師が来たと思い緊張したのです。

看護師は、父にどんな言動をとり、そして何をしていたのか・・・?


D様 ー。
父について、少し書こうと思います。

父は、大正12年に生まれました。
父親は、小学校の校長をしていました。また資産家でしたので、父は何不自由なく育ったのでした。
新学年が始まると、父は必ず級長のバッジを付けて帰って来たと言います。当時、級長は、担任の教師が選んでいたようです。親の七光りもあったのでしょうが、父は成績も優秀でした。

ずいぶん前のことですが、家に父の小学校時代の通信簿が残っていて、私はそれを見たことがありました。
10段階評価で、10が最高なのですが、父は9が少しあるだけで、ほとんどが10でした。

素行面は、甲乙丙の評価で甲乙が半々くらい・・担任の添え書きから窺えるのは、父は腕白だったようです。
それでも父は、級友たちからは慕われ、常に輪の中心にいた少年でした。

その後、父は旧制中学へと進みました。
私の実家には、父の旧制中学時代の写真がたくさん残っています。

一緒に写っているのは、ほとんどが同じ顔ぶれです。7、8人位が仲間だったのでしょう。
まじめな顔をしているのもあれば、屈託のない笑顔、おどけて妙なポーズをとったものも・・・スキーをしている写真もありました。当時、スキーが出来るのは限られた人たちだったと言います。

また、伯母の話では、学生服にマントをひるがえし、我が物顔に町を歩いていたとか ー。
確かに、マントを着ている写真もありました。

写真の父は若く、生き生きとしていました。そこには、まぎれもなく父の青春時代が写っていました。
どの顔もみな、前途洋々の裕福な家の息子たちです。

しかし、時代は戦争前夜 ー。
太平洋戦争を境にして、父は多難な人生を歩むことになるのですが、それは機会を見て書くことにします。


さて、D様 ー。
看護師からみれば、ベッドに寝ているのは「病人」でしかありません。
その人が、それまでにどんな人生を歩み、どんな内面を持っているのか・・・そんなことは、考えもしないはずです。
ベッドにいるのは、自分が世話をしなければならない病人・・・それが仕事なのですから、当然のことです。

しかし、やせ細り、意識が朦朧としている患者の四肢を、ベッドに縛り付けることが、看護と言えるのでしょうか・・・。
父は、まさに身動きひとつ出来ない状態で寝かされていたのです。
そして、「ハイ!」などと、父の性格からして考えられない言葉を・・・。


ナースコールのボタンを押しても、看護師はなかなか来ませんでした。
私は再度、長めに押しました。

やがて、若い看護師の女性がやって来ました。
看護師は病室にいる私を見て、一瞬、目を泳がせました。
動揺したのでしょう。

「これ外して下さい。」
私は、感情を抑えて言いました。

鍵は、天井から吊り下がっていた医療器具用のフックに掛けてあったのでした。
「点滴とかチューブが外れますから・・。」
看護師は、拘束具の鍵を回しながら、言い訳を呟くのでした。

点滴とかチューブ・・?
それなら、腕だけを最小限度に固定すればいいこと ー。

当時、父の体力は極限まで減退し、やせ細っていました。
父は上背があり、太目だったのですが、見る影もなくなっていました。
動きも緩慢で、点滴とかチューブが外れるほど動くとは考えられません。

患者虐待 ー 私が見た父の状態は、その言葉で形容するしかないものでした。

私の中に、看護師を非難する言葉が渦巻いていました。
それは怒りの熱を帯び、口から出ようとしていました。

しかし・・・。
口に出たのは、意外なほど冷静な言葉でした。

「点滴が外れると言うのでしたら、腕だけをゆるく固定して下さい。この状態は父に苦痛を与えると思います。今後は、そうのようにして下さい。お願いします。」


D様 ー。
私の、看護師を殴りつけたいほどの怒りを抑えたもの・・それは「報復」への懸念です。
私は、毎日病院に来れるわけではありません。いくら頑張っても週に1度でしょう。
母も高齢で、日中に付き添うだけで精一杯でした。

私に何が出来るでしょう・・・?
結局、看護師に頼るしかないのです。


以前、病院を訪れた時、母が ー 、
「看護婦さんが、台拭きに使っていた『おしぼり』で、お父さんの口を拭いていたんだよ。
 ビックリして止めたら、何も言わないで出て行っちゃった。あの看護婦さんは、いつも扱いが乱暴で・・、
 口の利き方も失礼なのよぉ。」・・と言っていたことがありました。

その後、母は、病院に備え付けてある意見や要望を書く用紙に、事情を書いて改善を求めたと言います。
しかし、その後、看護師の態度は、より素っ気なくなったのでした・・。

「書かなきゃよかったのかねぇ・・。」
母は困惑していました。


D様 ー。
私がすんでのところで、看護師への怒りの言葉を呑み込んだのは、そのことが頭をよぎったからでした。
看護師との感情的な対立は、患者側にマイナス効果をもたらします。
家族は、結局、看護師に介護を委ねるしかないのですから ー。

機嫌を損ねたら、陰湿な報復を受けかねない・・・私は、咄嗟にそう思ったのでした。

陰湿な報復 ー 父はすでに、それを受けていたのではないのか・・?


D様 ー。
看護師の多くは、忠実にその職務を果たしているはずです。
強いストレスの中、自分を励まし、職務を続けておられる看護師の例を私は知っています。
しかし残念ながら、すべての看護師がそうではありません。

看護師による「患者虐待事件」を少し挙げて見ます。

2009年3月 ー。
兵庫県S病院の看護師が、傷害罪の容疑で逮捕されました。
この看護師は、入院中の高齢患者に暴行を加え、ろっ骨を骨折させていたのです。
被害者は6人にも及び、社会に衝撃を与えました。

2010年3月 ー 、
K大付属病院において、94歳の女性患者がインスリンを大量に投与され、意識不明に陥る事件がありました。
犯人は同病院の看護師で、殺人未遂罪で逮捕されました。 

犯人が逮捕される前、この事件の院内調査に加わった病院関係者は、
「誰かが患者を殺そうとしている ー と思った。致死量を超えていたその数値から、殺意のようなものを感じ、背筋が寒くなった」と語っています。

犯人の看護師は、「逃れられないストレスから犯行を起こした」と供述したようですが、
京都地検は「容疑者の心的側面に起因している疑いがある」として鑑定留置を請求したのでした。

いずれにせよ、これも衝撃的な事件でした。


更に、2007年6月には ー。
看護師が、入院患者の生爪を剥がした事件がありました。
事件があったのは北九州市のY病院で、判明した被害者は4人でした。

この事件は、1審は有罪判決でしたが、2審で逆転無罪となりました。          
同病院の同僚看護婦の告発で発覚し、病院もそれを認め、目を覆う証拠写真もあったにも関わらず、
1審の有罪判決が翻されたのでした。

事件が発覚した当初、病院長は「虐待といわれても抗弁しようがない」とコメントしています。   
また「北九州市尊厳擁護専門委員会」も「虐待」と判断しました。
更に、事件を取材したある記者は「県警、病院双方とも『つめはぎ』『虐待』との認識だった。」と述べています。

1審では、「患者に配慮せず、楽しみとして切った」と認定され、懲役6ヵ月(執行猶予猶予3年)の判決が下されたました。しかし、被告の看護師は控訴しました。

被告側は、「高齢者の爪のケア(介護)の実態を知らない人たちが暴走し、『つめはぎ事件』が作られた」と言うのでした。そして、「疾患がある爪を切っただけで虐待ではない」と主張しました。

結局、2審ではこの言い分が認められたのです。                        
釈然としないものが残った判決でした。

医療の専門家である病院長が、その利害を離れ「虐待と言われても抗弁しようがない。」とまで言っているのです。
また、「北九州市尊厳擁護委員会」の判断も虐待 ー。
これらは、医療の実態を知らない人たちの判断ではありません。

1審判決は、なぜ翻ったのか?

この事件について、
「日本看護協会」が見解を出しましたが、それが影響したのでしょうか?       
看護協会は、「当該看護師の行為は、虐待ではなく、自らの看護実践から得た経験知に基づく看護である」との見解を示したのでした。つまり、これは正当な医療行為だったと ー。

そして、被告看護師を擁護する声が高まり始めました。 マスコミの報道もその流れに乗っていきました。                     

しかし、それなら、「正当な医療行為」がなぜ、事件となってしまったのでしょうか?
そこには、事件にせざるを得ない「虐待の事実」があったからではないのか・・?         

そして、それは素人による判断ではなかったはずです。
私はこの事件は、上記2件の犯罪と違い、腑に落ちなものを感じています。



さて、D様 ー。
集団ストーカーと言われる組織犯罪ですが ー、
この日本の隅々にまでネットワークを張り巡らしているの確かなことと言えます。

それは、多くの被害者の告発により、事実として浮かび上がっています。
協力する行政・企業・団体・個人は、相当な数に上ると推測されています。

もちろん、医療関係者にもいるはずです。                      
医師にも、看護師にも・・・。

協力者にはどんな利益がもたらされているのでしょう・・。              
金銭的な報酬か、何かの特権か ー?

いずれにせよ、協力者の「良心」は麻痺しているだろうし、それは止め処なくエスカレートしていくものです。
また、協力者が何かの窮地に陥れば、それを救うメカニズムが働く場合があると思います。
ターゲットを追い詰めるためのシンジケートを、犯罪の隠ぺいに使うことは簡単です。
もちろん、協力者が見捨てられることもあるでしょうか・・・。

D様 ー。                                    
表出した患者虐待事件は、氷山の一角であろうとの懸念が、私の脳裏をよぎっています。     
父の場合も、氷山の海に埋もれた部分の「虐待事件」 ー そう言えるはずなのですから・・。                                                                            


D様、手紙の前半がつい長くなってしまいました。
前回の続きは、次回に書かせて頂くことをお許しください。

厳寒の日々は、まだ続くようです。
体調に御留意下さいますよう ー 。



2010.1.27
万 瑠 子
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-5 Comments

ミセス・まるこ says..."ゆきだるまさんへ"
コメント有難うございます。

ゆきだるまさんへの返信がすっかり遅れてしまいました。
書き始めては、手が止まる・・・と言うことの繰り返しでした。

その理由は、
ゆきだるまさんが書かれた内容が、私の追憶を呼び起こしたのでした。
父が縛られていた映像、そして死、また姉が逝去した時のこと・・・。
それが、止めどなく繰り返し脳裏に現われては、私のキーボードを打つ手を止めるのです。

ゆきだるまさんは、お姉さまの逝去に不審をもっておられますが、私自身も父の最期の時に同様の不審を感じています。時とともに、それは萎むどころか、膨らんでいるように思います。

医療現場における患者は、「異国の捕虜」に過ぎません。
専門用語が分かるはずもなく、言われるがまま、なされるがまま・・です。

その医療現場の倫理が蝕まれているとすれば、患者の人権が配慮されるはずもありません。
ゆきだるまさんが言われます通り、第三者の常なる「目」が必要であり、ネット上での告発なども有効となるはずです。そして、それは、真摯に医療に取り組んでいる方々が、報われることに繋がるはずです。

誰しもが無縁ではいられない病院という空間に、信頼という暖かな空気が流れることを願うばかりです。


ゆきだるまさんが、いつか書こうとされている記事を楽しみにしています。
お互い、体に気をつけて、書き続けていければと思います。

今後ともよろしくお願いします。
2011.02.05 14:54 | URL | #- [edit]
ミセスまるこ says..."Re: 医療という凶器"

kingfisherさんへ
コメント有難うございます。

今回の記事は、父が逝去して以来、何かにつけ頭に浮かんでくる映像を、客観的に文章化したものです。
個人的な体験なのですが、「個人的」と限定すべきではないことも確かだと思います。

KFさんが言われます通り、医療という分野においての加害行為は、弱く無防備な者への犯罪であり、
また、隠ぺいされるという面からも、この組織犯罪と共通しています。

震撼とするのは、人の良心を持たない医師や看護師が医療に従事していることです。
これは、誰しもが犠牲になる可能性があるということです。

就寝中の身体的危害は、多くの被害者が訴えていることですし、医療関係者が協力していることは間違いないと私は考えています。こういうつ協力者たちが、何食わぬ顔で医療に従事していることは、許し難いことです。

私は、この組織犯罪のターゲットになっていると自覚して以来、社会の表層を剥いだ、より深い部分が見えているように思います。自覚した当初は、日本において、このような卑劣な犯罪が行なわれているという事実に愕然としたものです。

この悪らつな犯罪が、日本社会において行なわれているという現実を、被害者以外の人が、俄かに信じられないのも無理はないと思います。社会の良識として、「まさか」と思うはずです。その良識を逆手に取り、被害者を精神異常者だとして隠ぺいするに及んでは、もはや人間の行為ではありません。この犯罪者たちを支配しているのは「狂気」であると言えるでしょう。

医療従事者のひそかな加害行為・・・これは、誰しもが被害者になると言うことですから、この面から、組織犯罪をアピールしていくのも効果的かも知れません。
そういう意味で、医療関係の犯罪は、これからも書いていきたいと思っています。

KFさんには、今後とも、アドバイスなどを頂ければ嬉しく思います。
今後ともよろしくお願い致します。







2011.01.31 01:11 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.01.30 16:22 | | # [edit]
yukidaruma1952 says..."ゆきだるまです"
ブログ読ませて貰いました。

お父様のこと、非常に憤慨と悲しみを感じました。癌とは痛みが壮絶なものと聞いております。その為にモルヒネ等があり、患者さんの苦痛を取り除いてあげられるものだと思いますが、四肢をベットに縛るつける必要がどこにあるのでしょうか。

心ある人間のする事ではないと思うのですが・・。なってはいけない人が医師になっており、なってはいけない人が看護士になっているとしか思えません。

私がまだ20代の頃、すぐ下の弟のお友達のお父さんが癌で亡くなりました。気の毒な人で、奥様はいない人でした。そして金銭的にも貧しかった人だったようです。たぶん入院費も払えなかったと思います。

弟が病室にお見舞いに行ったときに、このお父さんはベットに両手・両足を縛られて、癌の痛みにもだえ苦しんでいたそうです。

弟は後々まで、「あんなに苦しんで苦しんで・・、とても見ていられなかった」と何度も言っておりました。私はその話しを聞いて、なぜモルヒネ等の痛み止めを使ってあげなかったのだろうと首をひねりました。病院に入院しているのにこの有り様とは・・。

その話しを聞いてしまった私自身もショックを受けて、可哀想で心のつかえが今も消えることがありません。どんな思いで亡くなって行ったことでしょう。

あれから何十年も経ちますが、このような事はたびたび耳にします。改善策等がなされていない証拠です。病院が乱立しておりますが、選別が必要なのではないでしょうか。患者さんを人間扱いしない病院はどんどん摘発されるべきかと思います。
ネットでも告発するべきです。

私はFC2のブログで、真っ先に両親・姉の納得できないガン死を告発したつもりです。今後も書き綴るつもりでおります。告発しないと誰も気づいてはくれません。あの密室での出来事は・・。

つい、姉の納得できない安楽死のことを思い出して興奮してしまいました・・。それではこれで失礼致します。
2011.01.30 15:42 | URL | #- [edit]
Kingfisher says..."医療という凶器"
記事にされた医療に関しての恐怖は、想像を絶するものだと思います。
生死に直結する場所での恣意的な諸術や対応が成されれば、どの様な生命、人体への影響が発生しても、その真実は闇に包まれ、知る事ができません。
そして、患者自身が訴えたい事実が封殺される恐ろしさは、言い表せない事だと思います。

多くの集スト・テク犯被害者が犠牲となる状況は、医療の現場は正常な倫理感に基づく神聖な場所ではなく、営々として築かれた、一種の収容所としての機能を持つ究極的な場所である事を示しています。

マスメディアが伝える様な医療事故はミスやモラルハザードだけでの言及では片付けられない状況だと思います。
我々の直面する被害のシステムが国民全体にも及ぶ根本的な問題として形作られた犯罪インフラの伏兵として、絶対的な力を持つものです。

集スト・テク犯についての周知は、この様な鉄の壁を突き崩す為にも重要な要素だと思います。
2011.01.30 12:08 | URL | #- [edit]

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