小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(129)  放射能の影響?

白バラ
いつの間にか
形を変えている雲に
空を吹く風を思う



D様
前回、予告した内容ではないのですが ―。

大震災の翌日のことを思い起こしています。
私は、避難命令が出ていることを知らず、家の庭にいました。

落ちた瓦を片付けなければ・・と思いながらも、前夜の車中泊の疲れが、体中に広がっていました。家の中も物が散乱し、何から手を付ければいいのか分からず半ば呆然としていたのです。遠くで、何かを言うスピーカー音が聞こえていましたが、内容は聞き取れませんでした。あたりの家々はm尿に静かでした。人影すら見えなかったのです。

人影すら見えない・・それは、当然でした。近隣の人たちは、避難してしまっていたのですから ー 。近隣の家々には伝わった情報が私たちには伝えられなかったのです。何も知らずに、私は外気に身をさらしていたのでした。(我が家は、原発から8~9kmほどしかありません。) 避難する為に通りかかった知人から、「町の人たちは避難している」と教えられ、私と夫は慌てて避難したのです。

隣村に避難した翌日、私は血尿に気付きました・・。
食事も満足なものは取れず、堅い床の上で毛布にくるまって寝るという状況の中で、私は、疲れているせいだと思いました。通常の生活に戻れば、体の状態も戻るはず ー。

その後、その避難所も放射能の汚染圏内に入り、私たちは山形県へと避難しました。そして、YZ市で暮らし始めたのですが、血尿は続いていました。

環境が変わったせいで、疲れているに違いない。
落ち着けば、正常に戻るはず・・。

しかし ー。
ワインレッドと言っても過言ではない血尿は,その後1年続いたのでした。
不思議なことに、体調は悪くなく、症状は血尿だけなのです。熱や体のだるさはなく、食欲も普通でした。しかし、血尿だけは、どうしても変わらないのです。食事面を工夫したり、睡眠をたっぷり取ったり、水分を多量に摂ったり・・どう工夫しても、色が薄くなるということすらなく、同じワインレッドなのでした。

症状は、1年が経過した頃から変化を見せ始めました。ワインレッドがオレンジ色に変わって来たのです。そして、やがて濃い黄色となり・・それが徐々に薄くなり・・通常に戻りました。

震災から、半年以上経った頃 ―。
避難者のための健康診断の通知が来ましたので、私はすぐ受診の申込みをしました。
しかし、その後、何の連絡もないので問い合わせをしたところ、「指定の医療機関に、自分で申込みをして下さい。」とこと ー 。近くに指定の病院はなく、検査日程も限られた日だけという事情もあり、モタモタとしているうちに、血尿の症状は無くなっていました。

体調が悪いとかの症状があれば、近くの病院に行ったのでしょうが、それがなく、つい行かずじまいとなりました。。症状が出ていた時期も、現在も、放射能の影響をぼんやりと考えています。


そして、D様
ここ2か月くらいの間、また不可解な症状が出て来ました。朝、起きると鼻の奥に血が固まっているのです。量は少ないのですが毎日です。そこで、現在、近くの総合病院で検査を受けています。いろいろな科に回されましたが、先週は、脳の詳細な検査を受けました。来週もまた、別の検査を受ける予定です。

特に体調が悪いと言うことではないのですが、通院に時間を取られています。
前回予告した内容は。次回とさせていただければ幸いです。


この地も梅雨に入りました。
不順な天候の季節です。
ご自愛下さいますよう。


              2015.6.27   万瑠子

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-1 Comments

けんしん says..."症状"
お医者さんたちは、放射能の影響で身体の異変があるのではとは言わないのですね。言うと医師会から除名され医師として生きていけなくなるのでしょうね。医師として、患者とまっすぐ向き合えないということは、病院に行くことはないということですね。自己判断をする、自己治癒をすることですね。
2015.08.24 19:50 | URL | #- [edit]

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