小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(78) いじめ事件について思うこと

D 様



線画のような影が揺れています。
隣家のブロック塀に映っているのです。
その上に広がるのはコバルトブルーの空・・。

厳寒の朝を、時は柔らかな陽差しの午後へと移ろわせました。

外に出れば、冷たい風が身を震わせ、
遠い太陽からの熱はわずかしか届かないけれど、懸命に私を暖めようとしてくれます。

太陽を愛おしく思う・・・。
冬の日に、ほんの束の間、優しさに包まれたようで ー。



D様 ー。
今年最初の手紙です。
もう少し早く出したかったのですが、パソコンへの妨害が激しくなっていて、
書き上げるまでに時間が掛かってしまうのです。

ワードで執筆中、
突然、画面が10分割されたり、文字のサイズが5から20までの間で目まぐるしく変わったり、
ハイパーリンクの画面が執拗に現われたり、画面が激しく揺れたり・・・

その妨害はあからさま、かつ執拗です。
その度に、しばらく執筆が中断されてしまいます。

しかしD様、私は今年も貴方への手紙を書き続けます。
この組織犯罪が続く限り、手紙を途絶えさすつもりはありません。
どうか、変わらずお読み下さいますよう ー。


さて、D様ー。
昨年10月、また「いじめ」による自殺事件がありました。
桐生市の小学6年生、上村明子ちゃんが自殺した事件です。

12歳の女の子が首吊り自殺・・・暗うつ感の中で接した報道でした。
学校でいったい何があったのでしょう?


毎日新聞・群馬版の報道は以下の通りです。<一部を抜粋引用>
       
 桐生市立新里東小6年、上村明子さん(12)が、2010年10月23日、同市新里町新川の自宅で、首をつって自殺した。派遣社員の父竜二さん(50)は、10月25日、「学校でのいじめが原因」と訴え、実名での取材に応じた。
「娘は、学校でいつも一人ぼっちだった。私が学校に相談に行っても、解決策が示されなかった」と涙ながらに話した。SOSはなぜ届かなかったのか。教育現場に重い課題を突きつけている。(引用終了)

明子ちゃんは、母親のために編んだマフラーを首に巻きつけ、カーテンレールで首を吊ったのでした・・。


D様 ー。
これまでの「いじめ事件」を振り返ってみたいと思います。

「いじめ」が、初めてクローズアップされたのは1986年です。
この年、東京中野区の男子生徒が自殺しました。「中野富士見中学いじめ自殺事件」と呼ばれています。
有名な事件ですから、D様も御存知のことと思います。

自殺したSH君は、級友グループから日常的にいじめを受けていました。制御する者がいないままにそれはエスカレートし、暴行にまで発展していたのです。

いじめグループの主導により行われた「葬式ごっこ」には、あろうことか担任教諭までもが加担したのでした。
SH君はそれ以来、学校を休みがちになりました。

そして、1986年2月1日深夜、岩手県盛岡市のショッピングセンター内の地下トイレで、自殺しているのが発見されたのです。「このままでは生き地獄になっちゃうよ」と書かれた遺書が、床に残されていました。

岩手県は、SH君の父親の故郷です。
彼はひとり列車に乗り、その地で下りました。
そして、・・・。

やりきれないのは、担任教師らの姑息さ ー
教師らは、SH君の自殺後、生徒たちに口止め工作をしたり、被害生徒に原因があるかのような発言を行なっていたのです。

そして、SH君の両親が起こした民事裁判において ー、
東京地裁の裁判官は、「葬式ごっこ」をいじめとは認めませんでした。
裁判官は、それは単なる「エピソード」だとしたのです。社会が唖然とした判決でした。

控訴審では、「普通の人なら苦痛に感じるはず」と認められたものの、
「いじめと自殺との因果関係は不明である」とされました。

遺書に書かれた「生き地獄になっちゃうよ」との悲痛な叫び、そして加害生徒たちの名前 ー
それでも自殺の原因は「不明」なのでした。

この1986年に起きた、小中高生の「いじめ自殺事件」は9件に及びました。
そして、この年から2000年までに報じられた「いじめ自殺事件」は48件です。
また、いじめが殺人に至った事件や、被害者が報復にでた傷害事件なども、少なからず報道されています。
(資料:「少年犯罪データベース:いじめ」)

2000年以降も、「いじめ自殺事件」は毎年起きています。
文部科学省は、根絶へと取り組む姿勢は見せているものの、むしろ実態を隠蔽する方向に作用している面があるようです。

文科省の統計によると、昨年度(2009年4月~2010年3月)に自殺した小中高生は、合計165名でした。
この中の1.2%をいじめが原因とされていますが、正確な数値なのかとの疑念は生じます。
「原因不明」が58.2%もありますし、「いじめ自殺」であることは明白にも関わらず、学校や教育委員会が調査すると「原因不明」として処理されるケースが多いのです。

いずれにしろ、学校において「いじめ」が続いている実態は否定できません。


さてD様 ー。
私の記憶に残っているいじめ事件の中に「山形マット死事件」があります。
真相が藪の中に残ったまま現在に至っています。

事件の概要は以下の通り。
1993年1月13日、明倫中学校(山形県新庄市)の男子生徒が、体育館の用具室内で遺体で発見されました。
生徒は、体育用マットの中に逆さの状態で入っていたのです。死因は「胸部圧迫による窒息死」でした。

事件の5日後、山形県警は、死亡したKY君の上級生3人を逮捕、同級生4人を補導しました。
そして、事情聴取が行われた結果、この7人の生徒は犯行を自白したのです。

しかし、その後、少年審判において、この上級生3人は犯行を否認し始めました。
そして審議後、家裁が3人に下した判決は「不処分」(無罪)でした。

その後、同級生4人も否認に転じ、家裁でも審議が行われました。
この審議においては、彼らが主張するアリバイは認められず、4人は、初等少年院と教護院に収容されました。

少年院に送致された3人は、この審判を不服として、仙台高裁に抗告しましたが、認めらませんでした。
そればかりか、裁判官は、判決理由の中で、先に無罪となった上級生3人についても、関与を示唆する異例の付言をしたのです。(同級生3人は、更に上告しましたが却下されました。)

では、この事件の民事訴訟はどうであったか ー。
被害者の遺族は、7人に対し「損害賠償請求」の訴訟を起こしましたが、この裁判で山形地裁が下した判決は、理不尽なものでした。裁判官は、「自白の信用性を肯定することは出来ない」、「本件の事件性すら、認定することができない」としたのてす。判決は「7人は全員無罪」でした・・。

つまり、「少年らは犯行を自白したが、それは嘘を言ったに過ぎない。被害者は、自らマットに巻きついて、逆さになったのだ。」ー ということになります。

どんな刑事裁判でも、自白の供述調書があれば、公判でそれを覆すことは至難のことです。
裁判所がその否認を認めることはほぼありません。
それがこの裁判においては、いとも簡単に「自白は信用できない」とされたのです。

当然、遺族は控訴しました。
仙台高裁は、「複数の者が暴力を振るい、力ずくで押し入れた可能性が高い」として、賠償金の支払いを命じたものの、尚、「Y君の自過失か否かの確定は出来ない」としたのでした。 

7人は上告しましたが、棄却され判決が確定しました。
彼らは、未だに犯行を認めておらず、真相は「藪の中」という訳です。

確かなのは、体育用マットで簀巻きにされ死んだ少年がいるということ、
7人は、KY君に対し日常的にいじめを行っていたということ、
そして、犯人は中学校内にいたということです。

以下は、ネット上のある記事から抜粋したものです。

<被害者の父親の話>
「今もって、彼らの中で、線香を上げに来る者は誰もいません。
 7人のある少年の祖父は、『あいつ(遺族)が、あがすけ(生意気の意味)だから、
 こんな目に遭うんだ』と語りました。
 少年たちは、本当にこれからも、偽りのままに生きていくつもりなのか、と思います。 
 彼らに伝えたいのは、今からでも遅くはないから真実を語り、謝罪に来て欲しいということ。
 有平は死んでしまって、もう話すことは出来ません。だからこそ、生きている彼らに真実を話して欲しい のです」

<近所の主婦の話>
「(容疑者と被害者は)遊んでいただけだ。飼っていた虫を、うっかり死なせたようなものだ」

<近所の別の主婦の話>
「あそこの育て方なら、(事件は)当然。」

容疑者の身内の子供たちは、被害者宅の玄関前で、妹を取り囲み、
「兄ちゃん殺されて嬉しいか」と罵ったと言う・・。

さらに、被害者遺族を貶めるための、根も葉もないデマがまことしやかに囁かれ、
塀には「殺してやる」との落書きが見つかりました。

また、明倫中のある父兄が、事件に関し、正義感をもった発言をしたところ、
その妻が、学校関係の母親たちから、執拗な嫌がらせや集団シカトをされるようになったといいます。
(彼女は、精神的なショックで、耳が聞こえなくなりました。)

※上記は、毎日新聞山形:明倫中マット死事件・11年目の「証言」より抜粋

上記の記事からは、この地域の閉鎖性・陰湿性が垣間見えています。
加害者を憎み、被害者に同情を寄せる・・・これが社会通念であり、良識のはずですが、この地域ではそれが逆転しているのです。
加害者が「善」で、被害者を「悪」とする捻じ曲がった構図が形成され、それに反するものは、集団的な「嫌がらせ」にさらされています。

これは、この地域だけなのでしょうか・・・?


D様 ー。
もう一つの「いじめ事件」を考察してみたいと思います。
2000年に川口市で起きた、中1男子生徒の自殺事件です。

この年の7月26日、川口市立中1年のOS君が、自宅納戸で、首吊り自殺をしているのが発見されました。
自宅の電話機の傍のメモ帳に「HELP ○○」の書き置きがありました。

「いじめではないか」との家族の指摘に、学校はその調査をしました。
そして、翌8月上旬に、遺族にその報告書を手渡したのです。

その報告書には、いじめを行なっていた9名の生徒が、アルファベットで記されていました。
校長は、記者会見でいじめを認めました。そして県警は、この生徒らが暴力を繰り返していたとして児童相談所へ通告したのでした。

OS君が受けていたいじめの概要は下記の通りです。

彼は入学直後より、同級生9人ほどから日常的に暴力を受けるようになりました。
下記のいじめを同級生たちが目撃しています。

1.腹を殴られる。(腹バン)
2.肩を肘で叩かれる。(プロレス技のエルボー)
3.背中に肘打ちされる。
4..太股を蹴られる。(麻酔蹴り=しびれて感覚がなくなり、歩けなくなる)、
 
※ 暴力は、休み時間などに3人~9人位が取り囲み、行われました。
 このグループは、暴力がばれないように、痣や痕跡が残らないやり方を心得ていたといいます。

その他のいじめは ー、

5.バッグがゴミ箱に捨てられていた。
6.学生服のズボンを隠された。

7.メガネや生徒手帳、消しゴムをとりあげられた。
 ※OS君のメガネは、フレームが歪んだり、レンズが外れることもあったといいます。
  強度の近視であるOS君は、どれほど困ったことか ー。

8.机の上に糊が塗られていた。
 ※OS君は強度の近視のため、糊が塗られていることに気付かず、机に手を付きました。
  この時は、担任が気付き「他人の迷惑になることはしないように」とクラス全員に注意したといいます。

9.シャープペンの芯が取られ、鉛筆を折られたりした。
 ※だからOS君は、ポケットにいつも小さくなった鉛筆を入れていたのでした。

上記したいじめ内容は、卑劣かつ悪質、そして残忍です。
OS君は、学校に行く度に、このいじめグループの標的にされていたのでした。
そして彼は、中学に入学した約4ヶ月後に首を吊りました・・・。


さてD様 ー。
遺族は、いじめ生徒9人とその親、そして川口市を提訴しました。
納得のいく説明と損害賠償を求めたのです。

しかし、さいたま地裁はその訴えを斥けました。
いじめの各行為について、日時、場所などが具体的にされていないというのです。
そして、「悪ふざけに類するもの」という川口市側の主張を認めたのでした。

D様 ー。
「悪ふざけ」とは、いったい何なのでしょう?

裁判官は、一人の少年を死へと追い詰めて行った犯罪行為を、「悪ふざけ」という加害者にとっては、この上なく都合のいい言葉にひっくるめてしまったのです。

なんともやりきれない判決です。
自殺直後は、学校も加害グループもいじめを認め、警察も児童相談所に通報しているのです。いじめの内容は悪辣・残忍であり、それ以外の自殺原因はありませんでした。それを、裁判官は屁理屈で否定したのです。


更にやりきれないないのは、加害グループの親 ー。
OS君の自殺直後、ある加害生徒の母親は、被害者を中傷する手紙を送り付けたのです。
手紙は3回にもわたり、「マスコミに出て芸能人気取りですか」「自殺の原因は家庭内にあった」
などと書かれていたといいます。

匿名でしたが、筆跡からある加害者の母親が疑われました。
遺族が問い詰めたところ、この母親は手紙を出したことを認めたのです。

遺族は2002年、中傷事件についてこの母親を提訴しました。
母親は、裁判において手紙を送付したことは認めたものの、遺族への謝罪はありませんでした。

また、別の加害生徒の親は ー、
OS君の遺族が、もう少し話を聞きたいと加害者宅を訪れた時、
「まだ片づいていないのか。いい加減にしてくれ。」「勝手に裁判でも何でも起こせ。」と言い放ったのでした。

D様 ー。
OS君は、ウクレレで、ハワイアンを演奏するのが好きでした。ウクレレは、父親から教えてもらったのです。
OS君の家には、暖かで和やかな空気が流れていたに違いありません。

「いじめを認めず、情報を出さない姿勢では、いじめ自殺は減らないし、私たちのような遺族の苦しみもなくならない」 ・・OS君の祖父の言葉です。

OS君は、エビフライや混ぜ御飯が好物でした。
遺族は今でも、月命日にはそれを作るのです・・・。


D様 ー。
一時的に報道され、その後は「いじめ自殺事件」というカテゴリーの中で、数字として埋もれていくこれらの事件には、何年経とうが、悲しみの深い霧に覆われている遺族がいるのです。

遺族のほとんどは、学校の隠ぺい体質と、理不尽な裁判に憤りを持っています。
加害者は罪に値する罰を受けず、遺族の損害賠償が認められることは稀です。
そこには、学校と加害者が一体となり、被害者と対峙する構図があるのです。

そして裁判では、いじめの実態があろうが、遺書があろうが、
ほとんどが「自殺との因果関係はなし」とされてしまいます。


理不尽な裁判の例に「丸子実業高校バレー部員自殺事件」があります。
いじめの加害者側が、被害者を訴えるという異例の展開をみせた事件です。

その経緯を簡略に説明します。
被害者のTY君は、中学生の時から喉に病気があり、かすれた小さな声しか出せませんでした。
高校に入ると、それをバレー部の先輩に執拗にからかわれるという「いじめ」を受けるようになりました。

また、ハンガーで思い切り頭を叩かれるという暴力も受けたこともありました。
TY君はうつ病になり、学校も休みがちになったのです。

母親は、学校や県教育委員会に「いじめを止めさせて欲しい」と訴えました。
しかし、校長、担任、バレー部顧問は「いじめはない」として、改善はされませんでした。
学校との話し合いの際に、バレーボール部顧問は「ふざけるなバカヤロー」などと母親を怒鳴ったと言います。

TY君は、バレー部の同級生や担任にメールを送り、何とか解決を図ろうとしたのですが、
彼らは、TY君のメールや電話を着信拒否にしていたのでした。


そして、学校から出席日数不足を理由に「このままでは進級できない」との通知を受けた後、
TY君は自殺しました。

遺書には、「物まねをされて死ぬほど嫌だった」と書かれていました。
また、そのことを書いた手紙やノートも見つかっています。

TY君の自殺後 ー。
母親は、民事訴訟を起こしました。
バレーボール部員とその両親、校長、長野県などに対し、損害賠償を求めたのです。

しかし、この裁判の係争中に、上級生やバレー部員など30人が共同で、母親を逆提訴したのです。
「いじめも暴力も、母親のでっち上げ。母親の行為で精神的苦痛を受けた」と言うのでした。
そして、3千万円の損害賠償を求めて来たのです。

これに対する長野地裁の判決は ー。
TY君の母親が1億3千万の損害賠償を求めたのに対し、
上級生の1人に、「1万円」を支払うよう命じただけでした。

そして、バレー部員らが3千万円の慰謝料を求めた逆提訴については、
原告のうち23人に「精神的苦痛を被った」ことを認め、母親に約34万円の支払いを命じたのです。

長野地裁の近藤るみ子裁判官は、被害者にはまず認められない損害賠償を、
加害側23人には「精神的苦痛」があったとして、いともたやすく認めたのでした。


この事件は、「山形マット死事件」と類似する、地域の陰湿性が見え隠れしています。
それを下記に箇条書きにしてみます。

1.母親に匿名の年賀状が届く。(2006年1月)
 「何故、子供が鬱病になったか考えなさい! この病気にかかると誰でも死にたくなる。いじめのせいに しているけ ど、本当は、母親の○○による情緒不安定! 何が「自分は○○○ちゃん」だ! 
 そういう異常な親に育てられたから現実逃避したくなったのでしょう。 
 今、彼は、やっと救われたのだから、大げさに騒ぐのはやめなさい!
 貴方の過去が、世間に知れ渡ってますよ!」・・と書かれていた。


2.被害者親子を支援していた県会議員に、バレーボール部員の父親から、
 「これ以上、高山さんにかかわると選挙に影響する」と電話が入った。

3.地元の警察官と、教育委員会の職員が、
 「TY君の母親は精神病者だ」などと、関係者やマスコミに流していた。(裁判の中で判明)

これらに加え、加害者側のバレー部員関係者が30人も一緒に、被害者の母親を提訴したことは、
いじめ事件において初めてのことでした。


学校や地域が一体となり、被害者と対峙している構図が見えています。
いじめの陰湿性もさることながら、地域全体が「対被害者」で絡み合い、善悪を逆転させているのです。


D様 ー。
「いじめ」の事実が、学校主導で隠ぺいされていく過程を、子供たちはどう見ているのでしょうか?

自分が目撃した「いじめ」が、大人たちにより無かったことにされて行くのです。
そして、加害生徒たちは、何事もなかったように学校生活に戻ります。
(「山形マット死事件」の加害少年の一人は、その後、地元の市役所に就職しています。)


D様、私は思います。
子供たちは今、正義が正義として通らないことを教えられているのだと ー。
また、多勢に付かなければ損だということ、そして、その多勢のやり方には合わせなければならないこと、
それに反すれば制裁されること ー を学んでいます。

つまり、「いじめ」は教育現場において、「従順な羊」作りに貢献しています。
「いじめ」は、その生きた教材となっているのです。

学校は、社会人の養成機関であり、子供たちはやがて社会へとスライドされて行きます。
養成機関では当然、今の社会に適合する人間作りが行なわれます。

統治者が理想とする社会人 ー それは、まさに「従順な羊」にほかなりません。
学校と地域、行政、司法までもが一体となり、被害者と対峙する ー その構図が形成されていく理由が見えて来るような気がします。そして、根絶されない理由もまた ー。


「中野富士見中学いじめ自殺事件」から、25年が経とうとしています。
しかし、未だにいじめが無くなるどころか、悪質かつ巧妙になっています。
そして、ほとんどのケースで、被害者が泣き寝入りを強いられているのです。


群馬の「小6女児自殺事件」 ー 12歳の少女が命を落とすまでに、学校で何があったのか?
事件を、この構図の中に沈み込ませることは、もう許すべきではありません。
私は執拗に注視していくつもりです。


D様 ー。
私は、集団ストーカーと呼ばれる組織犯罪の被害者ですが、この犯罪も「いじめ」と同じ土壌で行なわれています。地域の組織・団体、企業、行政などに配置された者たちが協力し合い、この卑劣な犯罪への加担、そして隠ぺいが行なわれています。そして、何の罪もない被害者が理不尽な、そして、壮絶な苦しみを受けているのです。

しかし、この社会は、この犯罪に関わらない人の方が圧倒的に多いことは確かです。
統治体制の巧妙な意図で動かされている「従順な羊」もまた、多いとは思いますが、社会の根底にある「正義」という機軸は、まだ根絶やしにはされてないはずです。

この組織犯罪が暴かれる日は必ず来る ー 私はそれを信じます。



D様 ー。
厳寒の日が続いています。
どうか健康に御留意下さいますよう ー。



                      2011.1.13
                            万 留 子




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-9 Comments

ろーずまりー says..."こんばんは~"
先程、メールを送ったのですが、配信されずに戻ってきてしまいました。
再度、送ってみたんですが、また戻ってきました。
妨害のせいでしょう?

コメントも届かなかったりするといけないので、公開で送ります。
2011.01.18 23:09 | URL | #GCA3nAmE [edit]
ミセスまるこ says..."クローバーさんへ"

クローバーさん、今年もよろしくお願いします。

今回、クローバーさんが書かれた「いじめ」の内容は、その卑劣さと残忍さに憤りを感じざるを得ません。
教師が苛めた側を殴ったことに喝采を送ります。

このような熱血教師のもとでは、いじめがはびこる隙はありません。
いじめに毅然と立ち向かうこうした教師が、今、あまりにも少なっているのではないでしょうか。

いじめに遭う生徒が不登校になり、苛める側がのうのうとしている状況は、教師と学校の怠慢だと言えます。
また、おざなりな対応を許している文科省の責任も問わなければならないと思います。

子供たちのすべてが、のびのびとした学校生活が送れるようになる日はいつ来るのでしょうね? 
その日が1日も早いことを願うばかりです。

私は、今年も書き続けます。応援いただければ嬉しく思います。
そして、時々はコメントを下さいますよう ー。


※ 尚、コメントが途中で切れてましたが、続きがありましたら、再度、送信 頂ければ幸いです。


2011.01.15 23:54 | URL | #- [edit]
ミセスまるこ says..."yukidarumaさんへ"
丁寧なコメントを感謝しつつ読ませて頂きました。

「いじめ」は、学校側の取り組みで無くせるという、雪だるまさんの意見に私も全く同感です。

子供たちを指導する立場にいる教師が、「いじめは絶対に許さない」という毅然とした取り組みをすれば、
いじめが増長する土壌はなくなります。

子供たちと教師の力関係は対等ではないし、その知識量にも雲泥の差があります。
教師たちの指導で「いじめ」はなくなるはずなのです。

それをしないから、加害者がはびこり被害者が追い詰められていく、今の状況が生まれているのですよね。自殺に至らないまでも、陰湿ないじめを受けている子がどれほどいることかー 。

集ストにも通じるこの陰湿かつ卑劣な行為が、1日も早く無くなる事を願って止みません。

この問題は機会を見て、また書きたいと思っています。
一緒に考えていければ幸いです。

今後ともよろしくお願いします。

2011.01.15 23:16 | URL | #- [edit]
ミセスまるこ says..."ろーずまりーさんへ"
ろーずまりーさんに褒めて頂くと、書く気力が出てきます。

確かに、この国の構図として、司法と行政の癒着がありますよね。
司法が司法としての機能を果たしていないのは、多くの例がありますし、ろーずまりーさんも私も体験していることです。体制側の都合のいいように事実が歪曲された判決が、最初から書き上がっているようなものだと思います。

それに異を唱えたり、社会にアピールする者は、様々な形で嫌がらせが行なわれたり、卑劣な組織犯罪の対象者になっていくようです。

「いじめ」においても、泣き寝入りしている遺族がどれほどいることか ー。

これが先進国を名乗っているこの国の体制なのかと、やるせない気持になってしまいます。


今、こうして、コメントを書いている今も、私は凄まじい妨害を受けています。
でも私は、今後も様々なテーマで書いていくつもりです。

ローズマリーさんのコメントにエネルギーを頂きました。
今後ともよろしくお願いします!!


2011.01.15 22:30 | URL | #- [edit]
ミセスまるこ says..."Re: No title"
YSさん、コメントありがとうございます。

「いじめ」は、標的が子供ということで、事件が報道されるたび、私はやるせない憤りを感じてしまうのです。この犯罪に、社会はもっと激しい怒りを持つべきだと思っています。

集ストも「いじめ」と類似する構図の中で行なわれているわけですが、
YSさんが言われる通り、被害者が、この犯罪を社会に向けてアピールしていくのは大切なことだと思います。

どんな形であれ、自分が被害者であることを訴え続ければ、
その声はやがて社会に大きくこだまして行くはずです。

私は妨害にめげず書き続けます。

今後ともよろしくお願いします。
また、コメントを戴ければ嬉しく思います。
2011.01.15 21:46 | URL | #- [edit]
クローバー says..."No title"
ご挨拶が遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます。

去年は大変な妨害があるにも関わらず、負けずに更新され、本当にお疲れ様でした。また、今年も妨害がある中 無事に更新され安心しました。

イジメの問題は平常心で読む事は出来ませんね。読者ですらその様な状態なのに、ご遺族の心中を思うと言葉が有りません。私が中学一年生生の頃、クラスに身体障害者の生徒がいました(以下A君とします)。冬にストーブを点けていたのですが、数人の男子がストーブで一円玉を炙り、熱くなった一円玉をA君のオデコに焼き付けました。一円玉の裏は確か木の絵が書かれていたと思いますが、その木の部分を焼き付けて、某コマーシャルの歌「この木なんの木気になる木~」と歌い始めました。A君は発達障害も伴っていた為、自分が受けた事も理解出来ずに笑っていましたが、それを知った男性担任は焼き印をした男子生徒を大声で怒鳴り、殴りました。この事件が起きたのは休み時間でしたが、同じクラス内にいながら私は友達と話していた為に全く気付きませんでした。焼き印をした生徒が楽しそうに歌い初め、またA君が一緒になって楽しそうに笑っている声で何
2011.01.15 17:46 | URL | #P/Eznkyg [edit]
yukidaruma1952 says..."こんにちは。ゆきだるまです"
ここ2~3日、パソコンにご無沙汰しておりまして今日、まるこさんのブログを読ませて頂きました。

子供達の苛めの問題、私も心を痛めておりました。何十年経っても同じ過ちを繰り返しておりますね。「葬式ごっこ」事件や「山形のマット死事件」は今も鮮明に記憶して居ります。

加害者に対して、民事裁判後の判決や家裁判決等は、まるこさんのブログを読んで再認識させられました。「いじめ」の問題は世間ではとても解決法が難しいように捉えられている現実がありますが、私は少し違った考えを持っているんですよ。

学校でのいじめというものは、とても狭い環境(教室という)のなかで起こっている問題だと思うのです。このような狭い世界(教室またはクラブ活動)の中でのいじめ問題は、解決法が容易ではないか、と思っているのです。

どのような解決法か・・と問われれば、やはり担任の力量と考えます。担任の教師が正義感の持ち主で「苛めは絶対に許さない」と言う、毅然とした態度をとれば良いのです。子供という者は、正義感のある人が好きなものです・・。子供のうちはまだ命が綺麗なものです。素直さも持ちあわせております。人格形成の大事な時期でもあります。

このような時期に、一日の大半を学校で過ごすのですから、いかに、教師がまともな人格(正義感)を持っているかが大事だということになると思うのです。

そして、まとまな教師(いじめ撲滅に情熱を傾ける教師)を、まわりの教師や教頭・校長先生が応援すれば良いのです。これで学校の苛めは無くなると確信しています。そして、そのようなりっぱな教師を孤立させないように周囲が努力をすれば良いのです。

真に解決が難しくて恐ろしいのは、社会人になって私達がいま受難している組織犯罪・集団スト-カーたちの攻撃です。権力を持った者の指示のもと、日本中に組織化されて大犯罪を企てているのですから・・。これほど解決が難しく恐ろしいものはないように思います。

しかし、これらの事も子供時代にいかに正義感あり、道徳心のある良い教師に巡り会えたかで、その後の人生は違ったものになると信じております。

学校での子供のいじめの問題の解決は、担任であり、学校の教師たち次第です。道徳心のない、正義感のない、勇気のない、そんな人は教師を志して欲しくありません。子供の頃の人格形成が一生を左右するのですから・・。(医者はなお更です。人の命を左右するのですから・・)

それではこれで失礼致します。 今日のブログはとても為になりました。ゆきだるまより
2011.01.15 15:05 | URL | #- [edit]
ろーずまりー says..."こんばんは~"
まるこさんがブログで取り上げるテーマは、社会の理不尽な出来事を浮き彫りにして、その本質に迫るというもので、いつも、心にずっしりと響きます。

いじめの問題も、学校が、行政組織の管理下にあるという点において、いったん事件が発生すれば、学校の責任を、県や国が一体となって回避する仕組みが出来上がっているといえます。
私が、ブログで訴えているのと、まさに同じような構図が、ここでも行われているようです。

事実はどうであれ、国や県などの行政組織が行うことは、常に正しいという論理なのだと思います。
裁判に訴えたとしても、初めから結論が決まっているようなもので、事件の被害者は、真相を究明し、損害を回復されるはずの裁判において、さらに事実を捻じ曲げられることで、二重に被害を被ることになるのです。
裁判での結論が分かっているからこそ、学校も自らの非を認めず、強硬な姿勢を崩さないのだと思います。

ほとんど、セレモニーと化している国家賠償や行政訴訟にこそ、根本的な問題が潜んでいるといえます。
司法のデタラメが、社会の荒廃をもたらしているようでなりませんね。

今回のようなテーマをアップしてくださり、私も勇気づけられます。
今後も、よろしくお願いいたします。
2011.01.14 21:02 | URL | #GCA3nAmE [edit]
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2011.01.14 16:58 | | # [edit]

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