小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(77)   レインのこと

D 様



高く晴れ上がった師走の空です。
その彼方から陽光が降り注いでいます。
窓の内側から見る景色は暖かで穏やかで・・・。

でも私は、外が寒いことを知っています。
北風が、枯れ枝を揺らして教えてくれるのです。

だから、私は居間にいて
ひとり貴方への手紙を書いています。




D様 ー。
前回、予告した内容に入りたいと思います。

それは、6年前の10月のことでした。

私は、国道6号線を車で走っていました。
秋の陽が、景色の隅から消えようとしていた夕刻・・・。
フロントガラスの向こうは、ほの暗いベールに包まれつつありました。
私は、早めのライトを点けました。

車の速度計は、制限速度の50キロほどを表示していました。
制限速度を頑なに守るということは、他の車両にとっては迷惑なものです。
道路の流れというものがありますから、他の車両の速度に合わせることが必要 ー。
それは分かっていました。

しかし、その日、私は時速50キロを維持していました。

私は、後ろから付いてくるトラックが、イライラしているのが分かりました。
トラックは、車間距離をほとんど取らず、こちらを煽るような走行をしていたのです。
片側一車線の追い越し禁止区域なので、トラックは追い越すに追い越せないのでした。

私は、バックミラーでその様子を見て危険を感じていました。でも、速度は上げませんでした。
間もなく道路が2車線になるので、その時に追い越させようと思ったのです。

しかし、トラックの運転手は、2車線になるまで待てないようでした。
苛々が高じて、ライトをパッシングさせ始めました。

もう少し・・・もう少し行ったら片側2車線になる・・。
私は、かたくなに速度を上げませんでした。


やがて、2車線に入りました。
待ちかねたトラックが、エンジンを目一杯ふかしました。

「危ない!!」

私は、ヒヤッとしました。
トラックは、私の車体を掠めるほど接近して追い抜いて行ったのです。

「なんて乱暴な・・。」

私は、思わずクラクションを鳴らしました。
すると驚いたことに・・トラックは、急ブレーキをかけ停止したのでした。
私も、慌ててブレーキを踏みました。

2台の車が国道の真ん中で停まりました。
2車線に入ったところなので、他の車は私たちの横を通り過ぎて行きます。

停まったトラックのドアが開き、男が下りて来ました。
そして、私の車の方に歩いて来るのでした。

歳は三十代前半くらいでしょうか・・。
体全体から、怒りのオーラを発していました。

私は心臓が高鳴りました。

男は、私の運転席の横に来ると、ウィンドウのガラスを叩きました。
薄いサングラス風の眼鏡をかけ、首には金の太い鎖をしています。

私は一瞬、躊躇しましたが、やむなく運転席のウィンドウを開けました。

「何でしょうか?」
私は、どうにか平静な表情をつくり、運転手の男に聞きました。

すると、
「ノロノロ走ってんじゃねぇよ!! このババアが。人の迷惑ってものを考えろ!」 
男は、すごい剣幕で怒鳴るのでした。

私は、さらに動機が高くなりました。
しかし、ここまで言われることはないと思いました。

そして、
「速度違反をするのはいいけど、守っている者にそんな言い方はないでしょ。」
と言いました。その言葉は、男の怒りに火をつけたようでした。

「何んだとぅ!!」

男は、車の窓枠に手を掛けました。
そして、すごい形相で運転席に顔を突っ込んできました。
中指に大きな指輪をしているのが見えました。

私は、助手席側に身をのけ反らせました。

謝れば良かったのよ。いつもそう・・余計なことをつい口に出してしまう・・・。
もう一人の自分が私をなじっていました。

しかし ー。
男は、すぐ顔を引っ込めたのでした。
私の顔をチラッと見た男の目からは、もう怒りが消えていました。
そして、「分かったよ・・」と、小さく呟くなり、彼はあっさりトラックに戻って行ったのでした。

私は、あっ気に取られました。
小走りに去っていく男の後姿には、もう怒りのオーラはありませんでした。

どうして・・・?

そして次の瞬間、私は、彼が怒りを沈めた理由に気付きました。
彼は、私の車に顔を突っ込んだ時、後部座席が目に入ったのです。
そこには・・・。


D様 ー。
話を4ヶ月ほど遡らせて頂きます。
その年の6月上旬のことでした・・・。

私は、県道35号線を車で走っていました。
通称「山麓線」と呼ばれるこの道路は、国道6号線とほぼ平行しています。
山間を走っていますので、林の間を通っている区域も少なくありません。

そんな山間部を走っている時 ー。
私は、道路の端を歩いている痩せた犬を見かけました。
大きな犬でした。

犬の脚の毛には、枯枝や枯草が絡まっていました。
山中をずいぶん歩き回ったのでしょう。

私は、捨て犬だと直感しました。
山間部では、時折見かけるのです。

私は、犬を10メートルほど追い越し、車を停めました。
そして、車から下り、犬に呼びかけてみました。

「おいで。」

犬は立ち止まりました。
生気のない目で私を見ています。

「こっちにおいで・・。」

私は、もう一度、呼び掛けました。
すると、犬は近づいて来たのでした。
幸いにして、人間に対する不信感はまだ持っていないようでした

長くさまよっている犬は、保護しようとしても逃げてしまいます。
人間に対し、警戒心が強くなっているのです。私は、何度か呼びかけたことがありますが、
どの犬も逃げるばかりでした。

私は、その大きな犬に話しかけました。
「どうしたの? どこへ行くの。」

犬は体が濡れていました。
その日は晴天で、雨は一時的にも降っていません。
山間を歩き回り、水溜りにでもはまってしまったのでしょう。

犬は頭を撫でられたまま、ジッと私を見るのでした。
骨と皮ばかりになっていましたが、目は穏やかな光をたたえていました。

それが、私とレインの出会いでした・・・。

犬種は「セッター犬」の雌だと、のちに獣医が教えてくれました。
大型犬で、細長い顔に大きな耳が垂れています。毛足は長く、手入れをすればゴールドに光るはずでした。

その時、私は用事を済ませて会社に戻るところでした。
私は、車の後部ドアを開け、犬に乗るように言いました。
すると、彼女は素直に乗り込んだのでした。車には乗り慣れているようでした。

会社に戻り、私は近隣の役場に「犬の行方を捜している人はいないか」と問い合わせをしました。
しかし、迷い犬を探している人はいませんでした。

犬の特徴を言って、飼い主の心当たりを尋ねましたが、「分からない」との返答だけでした。
そして、役場で預かれば、一定期間後に殺処分になるとも・・・。 

私は、犬を会社で保護することにしました。
名前は「レイン」と名付けました。
出会いの日、雨に打たれたように体が塗れていたからです。

当時、会社にはパルがいました。
パルは、突然の珍客に驚いた様子でした。
そして、取り合えず吠えておこうか・・という風にレインに向かって吠えるのでした。
しかし、明らかに弱っているレインを見て、自分の敵ではないと悟ったようです。
その後は会社にいることを黙認してくれました。

レインは、病気でした。
お尻に、野球ボールを半分に切った位の赤い腫れが出来ていたのです。
動物病院で診てもらうと「膣蓄膿症(ちつちくのうしょう)」とのことでした。

「先生、手術すれば治るんでしょうか?」
私は、獣医に尋ねました。
「うーん。手術は出来るけど・・今、手術したら、この犬死んじゃうよ。」

先生の言うことは尤もなことでした。
レインは骨に皮が貼り付いているくらいに痩せこけていたのですから ー。


私は、取り合えず、レインに体力を付けさせることにしました。
幸いにして、従業員たちも、仕事の合間に面倒を見てくれました。
レインは、彼らが与える弁当のおかずや、ドッグフードを喜んで食べました。

私は、暇があるとレインに毛づくろいをしてやりました。
本来ならば、豊かで美しいであろうレインの毛は、艶を失くし量も少なくなっていました。
私は、本来の美しさを取り戻して上げたいと思ったのです。

「レイン、綺麗になろうね。みんながびっくりするくらい・・。」
レインはブラシを当てられると、気持ち良さそうに、その痩せた体を横たえるのでした。

2ヶ月ほどすると、レインは少し肉が付いて来ました。
まだあばら骨は見えていましたが、初めの頃とは印象が変わりました。
本来の気品ある容貌に戻りつつあるようでした。

「レイン、もうすぐ手術が出来るからね。だから一杯食べるのよ。」
私は、いつもそんな言葉をかけていました。

しかし ー、
レインは、それ以上太ることが出来ませんでした。
そればかりか、病気が悪化して来たのです。お尻の出来物から出血するようになってしまいました。

私は、レインをまた動物病院に連れて行きました。
「悪化してるな。でも、手術は無理な状態だなぁ・・まだ骨が浮いてるもの。」
私は抗生物質を受け取り、引き返さざるを得ませんでした。

レインの病状は日ごとに悪化していきました。
半球型の出来物は赤味を増し、そこからポタポタと血が滴り落ちるのです。
レインは会社の敷地内をヨロヨロと動きまわり、彼女の歩いたあとには血の跡が点々と付くのでした。

私がいる事務所の前に来て、硝子のドアに顔をつけて、私の方をジッと見ていることが多くなりました。
私を見ると安心するようでした。レインが居たところは血の跡が広がっているのです。

私は、会社の従業員に紙オムツを買って来てもらい、レインに着けてやりました。当時、動物用の紙オムツがあることを知らず、私は子供用のものを買って来させたのですが、それでは小さく、結局、大人用のオムツにしました。

オムツを着けて会社の敷地内を歩き回るレインは、見る人の笑いを誘うのでした。
それは、哀しくも滑稽な姿でした。

レインは、徐々に痩せていきました。
出会った頃の体重に戻ったかのようでした。
そして、敷地内の草むらで横たわっていることが多くなってきました。

動物病院に連れて行っても、なすすべはなく、獣医は、抗生物質を処方くれるだけでした。
そんな日がしばらく続くと、やがてレインは食べ物を口にしなくなりました。
それまで何とか食べていたドックフードを、全く食べなくなったのです。

チーズなら食べるかも知れない・・・。

私は、レインと出会った日にチーズを与えたことを思い出しました。
レインはあの日、チーズの一箱全部を1分も掛からずに平らげてしまったのでした。

私は、コンビニにからチーズを買って来ました。
しかし、レインは嗅いだだけででした。食べることはなかったのです。

私は、IW市のAN動物病院の先生は「経験豊かな名医」だと知人から教えられ、レインを連れて行きました。レインを見て、先生は、栄養剤を打ってくれましたが、特に治療はしませんでした。
もう、治療できる状態ではなかったのでしょう。

ただ、「ちょっと待ってね」と診察室を出て、戻ってくるとレインの口元に何かを持っていきました。
するとレインは、それを一瞬にして呑み込みました。
食べたのです・・。

「先生、それは何ですか?」
私は、驚いて尋ねました。
「うん・・鶏の唐揚げ・・」

動物病院からの帰り、私はコンビニに寄り、鶏の唐揚げをたくさん買い込みました。
そして、後部座席で横たわるレインを気遣い、国道6号線をゆっくり会社へと走り出しました。
制限速度の50キロをキープして・・・。

後ろのトラックがイライラしていました。



D様-。
あの時、トラックの運転手は怒り狂っていました。
私の言葉に逆上し、運転席に首を突っ込んで来たのです。

しかし、その時 ー。
運転手は、後部座席のレインを見たのです。
骨と皮ばかりになり、オムツをして横たわっている犬・・。


運転手の男は、私がスピードを上げなかった理由を瞬時に理解したのでした。
そして、「そういうことかよ」と小さく呟いて行ってしまったのです。

彼の人間性の中にある「優しさ」が、怒りの感情を一瞬にして沈めました。
強面にサングラス、中指の大きな指輪、そして乱暴な言葉・・・そんな人でしたが、彼は確かに「優しさ」を持った人だったのです。



D様 ー。
結局、レインの食欲は戻りませんでした。
私が買い込んだ鶏の唐揚げは、ほとんどが残ってしまいました。

レインは一日の大部分を、敷地内の桜の木の下で過ごすようになりました。草の上に寝転んでいるのです。
夜は、工場内の片隅に作ってやった寝床に連れて行きます。夜はパルと2匹だけで過ごすのですが、パルは我関せずという風にマイペースで寝ていました。

IW市の病院に行った4,5日後 ー。
私は、会社から帰宅する時、レインを寝床に連れて行こうとしました。
いつもはヨロヨロと起き上がって、私に従うのですが、その日、レインはそこに居たがりました。
動かないのです。

「レイン、外は寒くなるよ。中に入ろう。」
しかし、レインは、横たわったまま動こうとしませんでした。

自然の中にいる方が安らぐのかも知れない・・・。
私は、レインが望むままに、今夜はここで寝かしてあげようと思いました。

とは言え、夜露に当たらないようにしなければなりません。
私は、工場内からブルーシートと棒を探して出して来て、レインの上に屋根を作ることにしました。桜の枝にブルーシートの端を結び付けました。一方に杭を立てブルーシートがレインに覆いかぶさらないようにしました。

その作業の間中、私はレインに話しかけていました。

「夜露は体に悪いからね。外で寝るのはいいけど、この下から出ちゃ駄目よ。」
「とにかく御飯を一杯食べること。太れば手術が出来るんだからね。」
「レインはいい子だから、分かるよね。」「病気が治れば、いろんなところに連れてってあげるから。」

やがて、不恰好ながら、どうにか夜露がしのげる「屋根」が出来ました。

「これでも一生懸命作ったんだからね。不満言っちゃ駄目よ。」

私は、レインの顔を見ました。
レインは横たわったまま、私の方を見上げていました。
その目は優しく穏やかで・・・。

「水はここに置くよ。チーズはここ・・」
レインは、私を見上げたままです。

「レイン・・?」
レインの表情が動きません。
「レイン・・レイン!!」

レインはもう死んでいました・・・。


私は、レインの瞼を閉じてあげました。

悲しみの波が私を襲い、思わず嗚咽が漏れ出ました。
涙は止めようもなく、後から後から・・・。

午後10時を過ぎた工場には誰もいず、
私は一人、レインのまだ暖かい体を抱き締めていたのでした・・。


D様 ー。
レインは、穏やかで優しい表情をしていました。
彼女は横たわったまま、私の言葉を聞き、その目は、私を追っていたのでしょう。
そして、そのまま逝ってしまったのです。

レインは、人から優しさを引き出す犬でした。
私は自分の中の、その人間的な感情を引き出してくれたレインに感謝の気持を持っています。
逆上したあのトラックの運転手もまた、レインに「優しさ」を引き出されたのです。

レインが逝ったのは、6年前の10月23日 ー 。
新潟・中越地震の日でした。



D様 ー。

これが今年最後の手紙になりました。
この組織犯罪の壊滅を願った1年が過ぎようとしています。

この社会に生きる大部分の人は、その心に人としての「優しさ」を内包しているはずです。
そんな人々が形成しているこの社会が、この卑劣な犯罪を憎み、排除していくパワーを内包しているのも、また確かだと思います。被害者たちが上げ続ける告発は、やがてそのパワーを取り込んでいくことでしょう。
私は、この犯罪が暴かれる日は必ず来ると信じます。




年末年始の天候は荒れるとか ー。
どうか御自愛の上、良いお年をお迎え下さいますよう。


                            2010.12.29
                             万 留 子

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-13 Comments

says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.01.06 17:40 | | # [edit]
yukidaruma1952 says..."新年明けましておめでとうございます"
昨年は、ブログの更新等で色々と困難を経験されて大変な年でしたね。私もとても残念に思いました。今年は順調で有りますようにと願っております。

今年の我が家は、主人の入院、息子の失業と、波乱な幕開けを感じております。が、波乱には十分な免疫がありますので?、乗り切って行く覚悟で居ります。

今年もブログを書き続けます。お互いに頑張りましょう・・。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
2011.01.06 08:06 | URL | #- [edit]
ろーずまりー says..."No title"
昨年は、貴重な情報を提供していただいたり、勇気付けられるコメントをいただき、ありがとうございました。
今年も、よろしくお願いいたします。

今回の記事、感動的な、とてもよいお話でした。
どんな人間の心にも優しさ潜んでいるということを、気づかせてくれます。
強さと優しさを兼ね備えたまるこさんの性格も垣間見える感じがいたしました。

今年も、お互い妨害や困難にめげず、書き続けていきましょう。

2011.01.05 14:14 | URL | #GCA3nAmE [edit]
ミセスまるこ says..."kuricoさんへ"
いつも手探りで書いている文章をお褒め頂き、ただ嬉しく思います。
暖かいお言葉が励みとなり、書くエネルギーになって行きます。

kuricoさんが言われる通り、人として生まれた者は誰しもが「優しさ」を具えていると思います。
その優しさが「涙そうそう」や「千の風に乗って」などの曲に共鳴しているのですね。
この社会の大多数の人は、人に備わった「優しさ」をもっているはずです。

この組織犯罪の実態を知れば、大多数の人はこの犯罪を許さないことでしょう。
そのパワーをこの日本の社会が抱えていることは確かだと思います。

今、多くの被害者の声がネット上に溢れています。
この犯罪の実態は解明されつつありますし、被害者を精神異常者だとして、犯罪を隠蔽する手法は効かない時がもう来ていますし、この組織犯罪に携わる者の中からも内部告発者が出てくるはずです。

必ず暴かれる日は来る ー 私もそう信じています。
その日まで、私は書き続けます。


また、コメントが頂ければ幸せです。
書くエネルギーとさせて頂きます。
2011.01.04 15:28 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
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2011.01.04 09:39 | | # [edit]
kurico says..."レインちゃんのことなどなど"
万留子さんの文を読むと、
私の中で情景が鮮やかに広がり
そして空気が流れ出し、葉は揺れその音まで聞こえてくるようです。

でもそれ以外に いつも文章の奥から不動の何かを感じていたのですが、
その一つはレインちゃんの眼差しだったのかなと 今回読んで思いました。
そして、私は自分の犬にそこまでしてやれたのかとも…。


私も、本当は多くの人が「優しさ」を胸にしまいこんで日々送っていると実感しています。(…でなければ「涙そうそう」など、悲しく優しい歌がたくさんの人が知るまでになるかなあ?と思います。)
でもその「優しさ」を「弱さ」とし 「弱さ」を「愚かさ」とする何かが
「優しさ」を素直に表すのを阻害している。

しかしもうそれも終わるんじゃないかと思います。
ネットを見ていると、いろんなことに気がつき始めた人が増えています。
今までバラバラだった人がつながり始めているように思います。
2010年、米軍基地や検察・警察の内部が暴かれました。
まずは大きくてわかりやすいところからでしょうか。
集ストも必ず暴かれます。
2011.01.04 00:27 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
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2011.01.03 22:27 | | # [edit]
moiwa2010 says..."No title"
ミセスまるこさまにはコメントが書けました。
不思議です。
他の被害者の方のところは全て弾かれていたのですが…
2011.01.03 18:02 | URL | #E3H3BE5I [edit]
moiwa2010 says..."私にも妨害工作が始まりました。"
ミセスまるこさまの真似をして、自分のブログのコメント欄から更新しました。
困ったものです。
他の被害者の方のブログへコメントすることもできない状態です。
2011.01.03 18:01 | URL | #E3H3BE5I [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.01.03 17:49 | | # [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.01.03 14:44 | | # [edit]
ミセスまるこ says..."紗綾香 さんへ"
久しぶりのコメントを嬉しく読ませて頂きました。

パソコンの妨害がこれほど多いとは驚きました。
検索数から言えば、もはや、社会的にも無視できない状況に来ていますよね。

他のパソコンに侵入して、本人と同様にキー操作が可能な技術は確立されているのですから、
被害の訴えを「あり得ない」とすることは出来ません。

ならば、この妨害が誰によって行われているかと言えば、その範囲はせばまって来ます。
限られた組織や個人でなければ、行えることではありません。
それを特定することは、多くの被害状況を精査していけば難しいことではないはずです。

私の場合、パソコンへの加害行為はあからさまになっています。
今までは、自らの誤操作だと思わせるレベルだったと思いますが、今は侵入していることを隠そうともしない段階になっています。

ネットに繋がずにワードの作業だけをしている時にも妨害行為は同様です。文字を打っている途中で、突然、画面が分割されたり、文字の大きさが変わったり、違うページが現れたり、「検索と置き換え」や「辞書」の画面が出てきたり・・・書けばきりがありません。

多くの被害者が自分の「パソコン妨害」をネット上を初め、あらゆる媒体で詳細に訴えていくことが必要だと思います。このような卑劣な行為を社会は許すべきではありません。

妨害が激しくなろうとも、私は書き続けます。
これからも、応援して頂ければ幸いです。
また、コメントを下さいますよう ー。

紗綾香さんにとりまして、来年が良い年でありますことをお祈りいたします。
2010.12.30 12:06 | URL | #- [edit]
紗綾香 says..."No title"
Google検索 パソコン妨害 での検索結果 約 994,000 件

YAHOO!検索 パソコン妨害 での検索結果 約992,000件

上記検索からパソコン妨害に関する情報が99万件以上にも上ることは、こうした妨害が実在しているものと看做してよいと思います。
妨害である以上、なんらかの方法を駆使してパソコンに妨害を仕掛ける者達が存在しているということでもあります。

こうした妨害について当方も体験しています。

ネットでサイトを閲覧中、突然タブが開き出し違うサイトにアクセスされる現象です。
不思議なのは勝手にアクセスされるサイトがなぜか某巨大宗教団体系のサイトで、他のサイトにアクセスされることがありません。
この話をした以上、今後は違うサイトに勝手なアクセスをされるもと予測します。

次は文字変換不能、これも数え切れないほど体験してきた現象です。

次はネット接続中の突然の回線切断、これも何度も体験してきています。

その他投稿妨害などなど。

こうした妨害は、手口暴露を嫌がる反応と看做せます。
2010.12.30 10:55 | URL | #- [edit]

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