小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(109) 湯川遥菜氏に捧ぐ


窓の外に
白色に変わった屋根が並んでいます
雪は闇の中で静かに降り積もり
驚かせようと、朝を待っていたのでしょう

冬の薄い陽が雪を輝かせ始めても
子供たちの歓声は聞こえず・・・今、雪は不機嫌に風に舞っています



さて、D様
今、日本のマスメディアは、後藤健二氏に関する報道に明け暮れています。
今日現在(1/31)、事態打開の目途はなく、後藤氏の安否が懸念されています。
一日も早い解放を願って止みません。

後藤氏の解放を求めるデモは、ニューヨークでも行われたとか ー 。
マンハッタン中央部のビルに彼の映像が映し出されたとのことです。
日本国内でも「私は健二」 と書いた紙を胸に掲げて、ツィッターやフェイスブックで解放へのアピール行動が広がりを見せています。

中東の戦闘地で捕虜となったジャーナリストは少なくありませんが、たとえば、アメリカ人のジャーナリストが武装勢力に捕えられたとしても、日本でその解放を求めるデモが起こったことはなく、アメリカにおいて日本人ジャーナリストの解放を訴えるデモ行動があったことに驚いています。

「私は健二」 は、フランスのシャルリー・エブド社が襲撃された事件の後、デモ参加者が掲げた「私はシャルリ」に倣ったものですが、この二つのデモは、大まかに言えば「対イスラム」という点で共通しています。

※注 「シャルリー・エブド社襲撃事事件」の犯人とされているのは、イスラム教徒の兄弟(アルジェリア系フランス人)で、イスラム国との関連はありません。また、この襲撃事件に関しては、ネット上で数々の疑問が呈されています。


D様
これまでに、中東で人質となった日本人は6人(3件)います。
その内の1件が、2004年4月に男女3人がイラク武装勢力に拘束された事件です。
武装勢力側の要求は「自衛隊のイラク撤退」でした。                               

この事件を、日本のマスメディアは、今回と同様に大きく報道したのですが、報道のスタンスは違っています。2004年は、人質の3人へのバッシング報道でした。当時の政府は「自己責任」を連発し、それに乗ったマスコミ各社は、3人のネガティブキャンペーンを繰り広げたのです。

また、この事件と重なる時期に、日本人のフリージャーナリスト2名が、イラク国内で拉致される事件が発生していますが、この事件はさほど大きく報道されていません。人質も短期間で解放されました。

更に、同年10月、イスラエルを経てイラクに入国していた日本人青年が、「イラクの聖戦アルカイーダ組織」に拉致さる事件が起きました。この時も犯行組織側の要求は自衛隊の撤退でしたが、日本政府は要求を拒否し、この青年は、斬首されるという結末に至りました。(その動画は、インターネット上に流れ、観た者に衝撃を与えたのでした。)


さて、D様
今回の報道は、被害者に対し同情的であり、なぜか優しいのです。
後藤氏は、先に拉致されていた湯川遥菜氏の救出を目的でシリアに入り、自分もまた拘束されてしまった - ということなのですが、今回は「自己責任」の「自」の文字すら出て来ません。後藤氏の人柄や行動がポジティブに評価され、また、安否を気遣う家族は同情的に報じられています。2004年の3人の時とはまるで違っています。日本の御用マスメディアが、一斉にこのスタンスをとっているのは、勿論、体制側の意図に他なりません。

「私はシャルリ―」と「私は健二」
この対イスラムテロの大きなうねりに、私は胡散臭さを感じているのです。


さて、D様
後藤氏が拘束される原因となった湯川遥菜氏の拉致についてですが ー。
インターネット上には、湯川氏に関する様々な情報が載っています。彼自身のブログを始め、父親の話、知人の話などですが、これらの記事から分かる彼の経歴を以下に記してみます。

千葉県内の高校を卒業後、友人とミリタリーショップの経営を始めた。
当初、経営は順調であったが、次第に資金繰りが悪化し、夜逃げ同然に事業を閉鎖した。父親がその後始末をしたのだが、遥菜氏とは疎遠状態が続いていた。その後、遥菜氏は妻を癌で亡くしている。
その後の遥菜氏の仕事についての詳細は不明だが、ホストやホームレスの経験をブログに綴っている。そして、一昨年暮れに突然、父親の家に現れ、近況や過去のこと、新しい事業を始めることなどを話していった。


父親を訪ねた一昨年暮れから、遥菜氏の行動は活発化していきます。
彼のブログに、その様子が描かれています。それまでは、川島芳子(※注)と、自分を重ね合わせ「生まれ変わり」と称するなど、内向的な記述が多かったのですが、急に交友関係が広がり始めました。忙しく動き回る記事がアップされ始めました。
※注 川島芳子  清朝・粛親王善耆の第14王女 愛新覺羅顯玗(あいしんかくら けんし)
8歳の時に日本人(川島浪速)の養女となった。第二次世界大戦中は日本軍の工作員として暗躍し、男装の麗人と言われている。

昨年1月に、湯川氏は「民間軍事会社PMC」を設立しました。
その時期と前後して、政治家や周辺の人々と頻繁に会うようになっています。会員制の高級ホテルに行き、会社のオフィスを決め・・・その様子を嬉々としてブログに綴っています。
そして、同年2月から、シリアやイラクに頻繁に渡航するようになったのです。


さてD様
誰しもが、「金はどこから出てたのか?」 の疑問を持たれると思います。
マスコミは、その点を一切報じていません。また、ネット上にも見当たりません。
湯川氏の軍事会社が登記されているとすれば、そこに株主の記載はあるはずですが、株主イコールスポンサーというわけではなく、詳細を読み取ることは無理と思われます。
(ネット上には、会社の顧問に木本信男氏(茨城県議)の名前が出ています。)

湯川氏は、会社の仕事として、「船会社の護衛」や、戦地での「物資輸送の護衛」などを視野に入れていたようです。しかし、上記の木本氏によれば、「実績がなく、仕事が取れる状態ではなかった」と語っています。

確かに、湯川氏のブログには「実績を作らなければ」との文言が何カ所か見受けられます。湯川氏は、中東の「激戦区」で、「戦闘員として戦った」― というキャリアが欲しかったのでしょう。

・・・が、湯川氏は「精悍」とはほど遠い風貌であり、運動神経も優れているとはとても思えません。戦場の中で生まれ育った中東の兵士達と比較すれば、ひ弱であることは一目瞭然です。「生きるか死ぬか」の激戦区に行こうとすること自体が無謀なのです。視座を変えれば、この程度のキャリアしかない人間が立ち上げる軍事会社に、よく金を出す者がいたなと感心するほかないのです。

しかし、ここでまた相反するような疑問が生じてきます。
湯川氏は、初めてイラクやシリアへと入国したわけですが、現地での手筈は整っていて、前線へ入り込んで行きます。ベテランのカメラマンも入らないような最前線を撮った動画を「世界初潜入」などと題してブログにアップしているのですから、驚くほかはありません。彼の背後には、何か強力なパワーを持つ人脈、あるいは組織があったことは確かです。。
湯川氏の仕事について、ブログ「世に倦む日々」の筆者は下記のように書いています。

※「」内に引用
「私は、これは安倍晋三とJ-NSAがJ-CIAの海外拠点を創設し、機関工作員を養成するプロジェクトの一端を示すものではないかと疑い、Blogでそう書いてきた。湯川遙菜は、その機関工作員の初代の見習生で、言わばテスト・パイロットだったのではないか。最も危険な地域に送りこみ、リスクがどの程度あるか、その瀬踏みをさせる使い捨ての派遣道具だったのではないかと、そのように想像を巡らせている。」

「さすが」と言うべき推察です。
このブログは、常に事実を詳細に分析し、論理的な展開を見せた後、結論に至るのですが、その歯に衣着せぬ明快な舌鋒は小気味よさがあり、多くの読者を掴んでいます。

それを承知の上で、以下を書かせて頂きます。
私は、「世に倦む日々」の見解に少し違和感を感じるのです。

湯川氏が、「J-CIAの海外拠点における機関工作員の初代見習生」であり、危険地域のリスク度を値踏みさせる「使い捨ての派遣道具」とは思えないのです。

彼が、巨大な背後組織に動かされていたことに異論はないのですが、彼は機関工作員の「見習生」になる資質すら持っていません。彼は軍事オタクですが、その思考は幼稚であり、人間的には純粋さを失っていません。「したたかさ」には程遠く、工作員にこれほど不向きな人間はいないと言わざるを得ないのです。寄りにもよって、彼を選ばなくとも適任者はいくらでもいたはずです。(「世に倦む日々」には、右翼からこれと似た意見が寄せられたとのことですが、私は右翼ではないことを念のため申し添えます。)


私の見方は以下の通りです。
湯川氏は、自分が立ち上げた軍事会社を運営していくことを夢見ていた。資金を出した者、あるいは組織は、「実績を作れ」「金は心配するな」「頑張れよ」と、彼をおだて上げていたと思われます。「これは機密だ」などと、まやかしの特命が与えられていたことも考えられます。

彼は有頂天となり、あらかじめ手筈が整えられている中東の前線へと入ります。そこで彼は、軍人気取りで行動をしていますが、どこか子供っぽさが漂っています。彼は、言われるがままに、渡航を繰り返し、「実績」を積んでいった・・のでした。


D様
湯川氏を踊らせていた組織の目的は、何だと思われますか・・。
彼自身も知らされていなかった真の任務 ― それは、「イスラム国に拉致されること」 と私は考えています。


まず ー。
戦後、自民党政権は憲法を改正し、戦争が出来る国になることを目指してきました。
しかし、憲法改正には国民の強い拒否反応があり、それを言おうものなら政権が倒壊する危険性すらあったのです。自民は衣の下の鎧を隠し、国民に9条維持を約束するしかありませんでした。

しかし、戦後70年の間ジワジワと改正へのプロパガンダが繰り返され、国民から「改正アレルギー」を取り除くことに成功したのです。それでも、改正の高いハードルを越えるには不安があり、憲法をないがしろにする方法で戦争準備は進められて来ました。小泉元首相は詭弁を弄し、自衛隊の海外派遣を実現させたのを契機とし、その後は、当たり前のように海外派遣は行われています。そして、安倍政権においては、集団的自衛権の行使を閣議決定し、自衛隊派遣の恒久法を制定しようと動いています。

また、日本はいつの間にか武器生産国へとシフトしていたようで、安倍首相は1月の中東歴訪に「防衛関連企業」と称する「武器生産企業」の幹部たちを引き連れて行きました。日本が「テロとの戦い」を理由に、アメリカの戦争に加担するのは、時間の問題だと言えるでしょう。

今回、イスラム国に日本人2人が拉致された事件は、「テロとの戦い」の格好の宣伝材料となりました。そして、1人は斬首され、その映像がネット上に流されたのです。日本人は「テロリスト」の残虐さを目の当たりにしたのです。

そして、救出に赴いたジャーナリストの命も危ぶまれる中・・解放を訴え著名人たちが声を上げ、政府は「
一人の国民の命を救う」ために奔走し、マスメディアは家族を引き出して熱の入った報道・・・「イスラムのテロは怖い」「悪い奴ら」「壊滅しなければダメ」との文言が、国民の単純な頭に刷り込まれていきます。異を唱える者がいても、日本には、それを排除するシステムが既に出来上がっています。異分子は巧妙に潰されていくのです。

最後に ―。
湯川氏と後藤氏がイスラム国に拉致されると、アメリカと日本に生じるメリットについて書かせて頂きます。例えば、人質にされた2人に送受信のチップを埋め込んでいたとしたらどうでしょう。彼らを通し、イスラム国側の会話は受信できるのです。もちろんその位置も簡単に把握できます。

「まさか」と思われたでしょうか?

こんなことはとっくの昔に可能となっている技術です。
今、それらのチップは注射針で挿入され、本人も気付かぬうちに埋め込むことが可能なのです。

集団ストーカーと言われる組織犯罪の被害者は、身を持ってそれを知っています。
公安Kをコアとする組織犯罪 ― 支配体制を守る為、この日本で、いかに非人道的な犯罪を繰り広げられていることか ー。被害者の悲鳴は「精神異常者」のレッテルで塞がれています。


D様
私は信じます。
この犯罪が暴かれる日は必ず来ると ー。



以下、湯川遥菜氏のブログから抜粋  2014.7.21 
※最後のブログ記事です。

「若いカップルを見て、久しぶりに恋人が居たら良いと思った。
今までいつも誰かしら恋人が居たが、ある時期から恋人は
作らなくなった。

当然、この様なリスク(命懸け)がある仕事だし、恋人を
作るのをどこかいつも避けている。

今日はそんな事を久しぶりに感じたと言うことは、メンタル的に
疲れているのだろう。
僕はいつも孤独だよぉ。」


「無事帰ったら抱きしめで上げたい」と、そして、訃報に感情をこらえて謝罪の言葉を述べられた彼の御尊父に、心よりお悔やみを申し上げます。




D様
酷寒の日が続いています。
どうかご自愛くださいますよう。

                   
         2015.1.31 万留子



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