小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(108)  KSD事件と世田谷一家殺害事件

D様

不規則に浮かぶ雲が・・・ゆっくりと
同じ速度で動いています

その悠長さに風は苛立ち
通りに並ぶ家々を凍えさせています
家は身をすくめ、言葉を出さず・・・

冬が不機嫌に町を闊歩しています。
日暮れは日々遅くなっているのだけれど・・・


D様
昨年12月― 国民が忙しいさなかに「第3次安倍内閣」が発足しました。
幸いにして現在までこれと言った「不祥事」は起こしていません。第1次、第2次と「政治とカネ」の問題で閣僚の辞任が相次いだわけですから、今度の内閣においては、国民の怒りを煽るような不祥事は、起こさないで欲しいものです。


さて、D様
「政治と金」にまつわる事件は、戦前戦後を問わず起こり続けています。
終戦3年目には、早くも「昭和電工事件」が起き、当時の芦田内閣が総辞職する騒動となりました。国が敗戦の痛手を引きずり、国民の多くが貧困にあえいでいた中で、政治家たちは国政をさておき、私利私欲に興じていたのでした。

「政治資金規正法」は、この事件のさなかに、GHQの指導で制定さました。その内容はアメリカの「腐敗行為防止法」がモデルにされ「政治資金の収支の公開」が主軸となりました。この時点では、「寄附の制限」は、設けられていません。

「政治資金規正法」は、その後30年間、改正されることなく運用されて来ましたが、「田中金脈問題」が契機となり、1978年に全面改正されました。この時、初めて「寄附の制限」が盛り込まれ、政治団体の収支公開が強化されたのです。

しかし、腐敗の根を絶つには至らず、1988年には、政界揺るがした「リクルート事件」が起きています。政府は国民のてまえ、「政治資金規正法」を、更に改正せざるを得なくなり、重い腰を上げました。・・・が、その後も国民をなめきった事件は相次ぎ、1994年、1999年、2005年、2007年と、法の抜け穴を塞ぐ改正が行われています。。


さて、D様
「政治とカネ」にまつわる事件は後を絶たないのですが、最近の傾向としては、政治家個人単位の事件が多くなっています。政界を揺るがす大疑獄事件に発展するケースは、しばらく途絶えています。(少なくとも、表面化はしていません。)

過去には、政党の存続すら危ぶまれる大事件へと発展した例がいくつかあります。「KSD事件」がその一つです。今日は、この事件について少し書かせて頂きます。KSD事件は、自民党が丸ごと汚染されたとも言える大事件でした。

〈KSD事件〉
KSDとは、「公益法人ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」の略で、古関忠男氏(理事長)が創設しました(1964年)。

事業内容は、中小企業の経営者を対象とした労働災害の共済です。(のちに外国人労働者を「研修生」として会員に斡旋する業務も始めました。)

設立当初は任意団体でしたが、5年後に東京都から財団法人の認可を受け、さらに、その12年後(1981年)に、労働省所管の公益法人となりました。

その後、法人の事業は拡大して行き、共済加入者は100万人を超えるに至りました。法人の収入は年間240億円以上に膨れ上がり、その勢いに乗じた古関理事長は、「職人大学(ものづくり大学)」の設立を企画したのでした。古関氏は、まず「国際技能振興財団」を設立し、大学設立へ踏み出しました。

大学の設立には、国の認可と助成金の獲得が必要となります。古関理事長は、ことを有利に進めるため政界工作を始めました。政治家やに官僚に金をバラ撒き、協力者として取り込んで行ったのでした。

古関理事長は「ものつくり大学」設立に協力させる組織として「KGS議員連盟」「大学設立推進議員連盟」 「中小企業政策を推進する国会議員の会」などを相次いで立ち上げました。これらの組織の中心にいたのが村上正邦(元労働大臣),額賀福志郎(元経済財政担当相)などでした。

「KGS議員連盟」には、中曽根元首相や森元首相などの大物議員が役付きで参加したのを始め、90人の自民党員が加入しました。上記の三組織に参加した自民党議員の総数は223名にのぼっています。

(後のKSD関係者の話)
 1998年2月に東京ドームで開かれた「中小企業総決起大会」に参加しましたが、大会には橋本龍太郎元首相はじめ、自民党有力者がいっぱい来ていました。

さてD様
KSDは、パーティー券、広告費、陣中見舞い、党費肩代わり・・・などの名目で自民党に金を流し続けました。

※「党費肩代わり」とは、KSDの会員を勝手に自民党員に仕立て上げ、会費という名目で献金していたものです。その額は総額で約22億円に上っています。古関理事長は、自民党を丸ごと買収したと言えます。

更に、村上議員は、参議院本会議(1996年1月)の代表質問で「ものつくり大学」を取り上げました。そして、大学設立を推進するための馴れ合い質問を展開したのでした。つまり、国会の議場で、与党ぐるみの「猿芝居」が行われたわけです。村上議員は、この質問でKSDから5千万円を受け取っています。

※KSDは、多額の贈賄を続けましたが、最終的に国の補助金88億円を手にしたと言われ、元は充分に取ったのでした。


さてD様
「年貢の納め時」 といものは、必ず来るもので ー、
2000年秋 - KSDの度を越した不正経理が発覚しました。
それに関連し、一連の贈収賄が次々に暴かれはじめたのです。新聞は、連日この報道に大きく紙面を割き、テレビは、古関理事長の愛人問題なども探り出し、普段は政治に無関心な層までも批判の渦に巻き込んでいったのでした。

また、勝手に名前を使われ、自民党員とされていたKSDの会員達からも怒りの声が湧き起こりました。国会においては、野党が一斉に事件追及の構えをとり、質問主意書が提出されました。

そして、2000年11月ー。
KSDの古関理事長ら幹部が、背任容疑で東京地検特捜に逮捕されました。政治家たちへの捜査の手も伸びていました。芋づをる式に、関係者が逮捕されていくことは明らかな状況となっていたのです。

(※ 村上正邦議員とその政策秘書、小山徳男議員は翌年1月に逮捕されました。)


さて、D様
前回、検証した「世田谷一家殺害事件」 ―。
もうお気き付になられたと思いますが、この事件の発生は、KSD事件が発覚した時期と重なります。世の耳目がKSD事件に集まり、政界が揺らいでいた ー 正に、その時に発生しました。

閑静な住宅街で起きたこの猟奇事件は、社会に衝撃を与えました。幼い子供を含む一家4人の惨殺、現場の異様な状況、犯行後の在宅時間の長さ、多すぎる遺留品・・・。マスメディアはセンセーショナルにこの事件を報じ、世間の耳目は一挙にこの事件へとシフトしたのでした・・・。

D様
この事件の犯人は、自分が捕まらないとを確信しているかのように、証拠を残すことを気にも留めていません。兇器、帽子、マフラー、防寒手袋、ジャンパー、トレーナー、ヒップバッグ、ハンカチ・・・その他に、指紋、血液、毛髪、唾液、糞便など自分を特定できる多くの証拠を残しているのです。

しかし、この事件の捜査は、遅々として進みませんでした。14年も経った昨年12月に犯人の逃走時間が見直されたほどです。それまで、犯人が逃走したのは、翌31日)の午前10時過ぎとされていたのですが、午前1時半頃である可能性が出て来たのです。捜査は一から洗い直さなければなりません。

D様
多くの証拠があるにも関わらず、犯人にたどり着けないのは何故なのでしょう? 
この事件は、容疑者がいれば、犯人か否かの判別はすぐ出来る事件です。マスコミを利用して、一般からの情報収集が重要だったのですが、警察は情報を小出しにし、メディアはそれに翻弄されてきました。そして、捜査は未だに迷走を続けています。犯人が残したマフラーの製造元すら分かっていないのです。

この事件の犯人像に、結びつくと思われる事実を以下に挙げてみます。

1. 犯人は、兇器の柳刃包丁に、特殊な方法で「滑り停め」を施している。
  (持参した大判のハンカチの真ん中に穴をあけ、柄の部分を包む方法)。

2.犯人は、子供部屋の中や、階段を移動する時に、壁を背中につけ横歩きをしている。(軍隊で習うような歩き方)

3.犯人は、凶行の際、右手を負傷し自分で手当てをしたが、その際、ラテックスゴムと
  いう軍隊などで使われる特殊な止血剤や、麻酔作用のあるベンゼドリンを使用して
  いる。

  また、止血に殺菌性や吸収性が高い生理用ナプキンを使用していたと言う説もある。
  ※この止血方法は自衛隊などで教えられるもの

4.犯人は、犯行後、被害者のパソコンを操作しているが、その接続先に大学の研究室
  や科学技術庁など専門職の強いサイトが含まれていた。(詳細は不明)

5.玄関のシリンダーに、細かな傷が付いていた。犯人は、特殊なナイフで解錠して玄関
  から被害者宅に侵入したと考えられる。
  ※侵入口は、「2階浴室の窓」とされているが、窓口には繊維痕がなく、犯人のジ
  ャンパーにもその痕跡はなかった。

6.犯人は、6歳の子供をためらいもなく、最初に殺害している。また、被害者母娘を死
  後もメッタ刺しにするなど、その残忍性は特殊とも言える。

7.家宅に侵入した際、まず着衣を脱ぎ、丁寧に折りたたんでいる。性格が几帳面とも取
  れるが、集団生活による特殊な訓練を受けている可能性がある。

8.現場に残されていたハンカチは洗濯され、アイロンがかかっていた上に、香水が付着
  されていた。
  ※香水は、高価なものではないが、金銭的に困窮している者とは思えなない。

9.ヒップバッグの中に、一般には使われていない特殊な染料が付着していた。

以上、インターネット上の情報を大まかに拾っただけですが、一般的な職業の人間ではないことが推測されます。この事件は情報が錯綜しており、まだまだ考察の余地はあるのですが、以後の機会にしたいと思います。

最後に・・・、
私は、この事件に、集団ストーカーと言われる組織犯罪に漂う「傲慢」と「狂気」を感じています。


次回は、最近起きたある事件を考察してみたいと思います。


酷寒に日々が続いています。
どうかご自愛下さいますよう。

               2015.1.24    万留子


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