小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(91) 原発事故と町役場

D様


稲穂が、刈り取りの時期を迎えています。
黄緑色だったの稲は、移りゆく季節の中で・・・
日ごと、その実を膨らませていたのです。

この地の景色は、いつのまにかブラウン系へと色を変えました。
稲刈りを終えた田と、稲穂が揺れている田が・・・柔らかなモザイク模様を描いています。

空の一角に浮かぶウロコ雲、
微かに冷気を含む西風・・・

この地ではもう冬の足音が聞こえるようです。



D様 ー。
前回の手紙から、だいぶ間が開いてしまいました。
暦はもう神無月・・・朝夕の冷気に身をすくめています。

有機農業の講座を受け始めて、1ヶ月半が経ちました。
1ヶ月半 ー それは、初めての農業に戸惑う日々でした。

でも、11名の受講生たちと冗談ばかり言い合う日々でもありました。
私が笑い転げたのは、何年ぶりのことでしょう?
こんな日々が続けばいいと・・・私は今、心から願っています。

実習では、生まれて初めて、鍬(クワ)というものに触れました。
受講生は畑を耕す時に、前時代的なこの道具を使うのです。
これで土を掘り起こし、野菜の種を撒いていきます。

大根、キャベツ、白菜、レタス、ほうれん草・・それぞれの種は「こういうものだったのか」と、手に取りしみじみと眺めました。芥子粒ほどの種が、撒いて1週間くらいで芽吹いて来ます。
土中から顔を出した小さな葉は、それは愛おしいものです。

葡萄(ぶどう)の収穫も経験しました。
葡萄棚いっぱいにぶら下がる実は、木洩れ陽に輝き、見とれてしまうほど綺麗でした。
採りたてを口にすると、新鮮な甘さが広がりました。ワイン用の無農薬栽培なのです。
「食べてもいいよ」という農園主の言葉に甘え、ずいぶん戴きました。

トマト、きゅうり、サツマイモ、ナス、枝豆なども収穫しました。

D様 ー 。
収穫というものは、人を幸福感で包んでくれるものなのですね。
受講期間に、収穫の時期が重なっていたことは幸運でした。

また、肥料作り・・・有機農業は化学肥料を使いませんので、肥料を自分たちで作ります。
米ぬか、魚粉、油カスなどを混ぜて発酵させるのです。

先日この作業をしました。
材料を、スコップや混合機で混ぜ合わせて行きます。
かなりの重労働です。そして、その匂いの凄まじいこと ー。

私もスコップを持ち作業をしたのですが、5分後にはもう汗まみれでした。
体には、その匂いが染み込み・・・。
受講生の一人は、家に帰ったら、子供から「ウンチの匂いがする」と言われたそうです。
(この匂いは、発酵が済めば「芳香?」になります。)

受講生の年齢は、30代から60代で、男女比は4対7です。
この11名は、冗談を言い合っては笑い転げているのです。


しかし、D様 ー。
こんな日々の中にも、私は、この組織犯罪の影を見ています。

それは、3週間前のことでした。

その日 ー。
私は、いつも被っている作業帽子を持たずに受講に出かけました。
帽子は、前日に洗ったのですが、朝になっても乾いていなかったのです。

「今日は、あの黒い帽子を被ろう」・・と思いました。

黒い帽子 ー それは、8月末に買ったものでした。
私は、それを一度も被らず、教室の自分の席に置いたままにしていました。
つい慣れた方を被ってしまうのです。

その日の朝、私は教室に入り ー 。
自分の席にあった帽子を手に取ました・・すると、その瞬間、何かがポロッと落ちました。
見ると、黒いボタンです。帽子から外れたのでした。

有り得ないことでした・・・。

この帽子は、後ろに陽射しをさえぎる部分があり、それが折りたためるようにデザインされていました。
折りたたんでいる時は、ボタンで留めておくのです。
私は帽子を購入する時に、その部分を外したり、たたんだりして試着しました。
ボタンは確かに、しっかりと縫い付けられているのを確認していました。

買ったままで、置いていた帽子のボタンが取れるはずはないのです。

誰が・・・?
憂うつ感が私を襲いました。

D様 ー 。
「黒いボタン」・・・そのキーワードでの不可思議なことは、2度目だったのです。

それは、その2ヶ月前のことでした。
7月のその日 ー 私は、市内の洋品店で白いブラウスを買いました。
小さな黒いボタンが、赤色の糸で付いてあるだけのシンプルなデザインでした。
丈は長めで、ジーンズをはく時に最適だと思ったのです。

買って間もなく・・私は、そのブラウスを洗濯篭に入れておきました。
まだ、一度しか袖を通していませんでした。

そして翌日、洗濯機に入れようした時 ー 、
私は、ボタンが取れそうになっているのに気付きました。
上から二番目のボタンでした。

着ている時も、脱ぐ時も気付かなかった・・・。

他のボタンを見てみると、しっかりと留められています。
何故、このボタンだけが・・・?

私は、その黒いボタンを布地から外しました。
そして、テレビ台の上に置いたのです。

その後、ボタンは、暫くそのままになっていました。
縫い付けようにも、赤い糸がなかったのです。

1週間後 ー。
糸を買って来た私は、テレビ台の上のボタンを手に取りました。
しかし・・・。

「アレッ?! 何これ?」 
ボタンが違うのです。

確かに小さな黒いボタンなのですが、ブラウスのボタンは、縫い付ける為の穴が四つ開いている型です。
しかし、手にしたボタンのデザインは違っていました。
縫い付ける部分が、裏側に付いているタイプだったのです。

ボタンは、いつの間にか入れ替わっていました・・・。

D様 ー。
言うまでもなく、私と夫は、今年の4月にこのアパートに入居しました。
当時、家財はほとんどなく、必要な備品は徐々に揃えていったのです。 
今でもこの部屋には、必要最小限度の生活用品しかありません。

家の中にこんなボタンなど、あるはずもないのです。


D様 ー。
これは、まさにこの組織犯罪のやり口です。
些細なことの繰り返し・・・その集積が、被害者にダメージを与えていきます。
誰かに言ったとしても、その被害が理解されることはありません。

「家に置いていたボタンが入れ替わっていたぁ?・・・何のこと?」
口にすれば、言った者の異常さだけが伝わっていきます。
被害者は孤独の中で、不安や怒り、そして憂うつ感にとらわれていくのです。

教室に置いていた帽子から取れた黒いボタン・・・。
それは、私を暗うつな霧で包んだのでした。

D様 ー 。
私の場合、このような被害を書けば枚挙にいとまがありません。
富岡町に住んでいた頃から、日常的に起きていることなのです。



さて、D様 ー。
前回の続きに入りたいと思います。

原発事故の避難所に指定されたKW村の「IWの里」・・。
私と夫は、この避難所に2泊しました。

夫は、この避難所に居た2日間で、体重が2キロ以上も減っていました。
今までに経験したこともない環境に眠れなかったのです。
そして粗末な食べ物・・・。

しかし、3日目の朝 ー。
このKY村に住む夫の知人が、私たちを訪ねて来てくれました。
そして、自分の家に居て下さいと言うのでした。

「実は、昨日もここに来たのですが、見つけられなかったんです。」
彼は、どうか遠慮なく・・と何度も言ってくれました。

私たちは、彼の好意に甘えることにしました。
夫は心底ホッとした表情でした。

このSIさんの家はとても広く、別棟に3DKの部屋がありました。
家具も食器も揃っていました。

「ここは、今、使ってない部屋ですから、いつまででも居て下さい。」

私たちは、4日ぶりに風呂に入り、奥さんの手料理をご馳走になりました。
夫は、久しぶりに熟睡したのでした・・・。

翌3月15日 ー 。
起床したばかりの私たちを、SIさんの奥さんが呼びに来ました。
朝食を一緒にとりましょうと言うのでしたが、どこかソワソワしていました。

「この辺りも危ないみたいなんですよ。近所の人も逃げるって言ってます。」

訊けば、「また原発が爆発した」という噂が飛び交っているというのでした。
「村長の家も、昨夜から真っ暗だし・・・家族を一足先に避難させたみたいですよ。」

母屋に行くと、SIさんがコタツにあたっていました。

「逃げるって言っても、役場からは何も言って来ないし・・どうしたらいいんでしょうね? 
この歳になれば、少しばかりの放射能なら構わないんじゃないかなぁ。かえって若返ったりしてね。」

SIさんはそう言いながらも、傍にいた20代の息子さんには、
「お前は、東京の親戚の家にでも行ってろ」と言うのでした。

「やっぱり、逃げなきゃ駄目みたい!! みんな支度してるよ。」
近隣に情報収集に行っていた奥さんが、息を弾ませて戻って来ました。

「おにぎり作らなきゃ!! 犬や猫たちはどうしよう ー。」

結局、皆で避難することになりました。
SIさんたちはいわき市に行くことにし、私と夫はI県のNG市に向かうことにしました。
NG市には、夫が妹に任せている家があるのです。

夫はまず、車を郡山市へと走らせませした。
「ガソリンが心もとないなぁ・・。」

それでも、車は郡山市に隣接する三春町に入りました。
すると、夫の携帯電話が鳴り始めたのです。
それまで通じなかった電話が通じるようになったのでした。

電話は、米沢市にいる知人のEDさんからでした。
「いやぁ、やっと通じました。もう、何十回もかけていたんですよ。無事で何よりでした。今、どこですか?」

夫は、事情を話しました。
「それなら、とりあえずこちらに来て下さい。住まいは何とかします。」
私たちは、急遽、米沢市に進路を変更しました・・・。

そして、私たちはEDさんの紹介により、
その日のうちに、TH町のアパートへの入居を決めることが出来たのです。
(TH町は、米沢市に隣接する人口2万余りの町です。)

D様 ー。
私と夫は、このアパートに半月間いました。
この間のことでは、書きたいことが山ほどあるのですが、まず、前回からのテーマの「行政のお粗末」から書かせて頂きます。

アパートに入居して1週間目 ー。
私は、富岡町役場に電話をしました。町が発信している情報を知りたいと思ったのです。

全住民が避難するという異常事態に、富岡町はどのような対応をしているのか ー 。
様々な避難場所にいる町民たちに、どのようなメッセージを発信しているか ー その内容を得ようとしたのです。

富岡町の役場は、郡山市の「ビッグパレット」という大きな催事場内に置かれていました。
(ここには、富岡町から大勢の住民が避難していた施設です。)

私は、電話に出た役場職員に ー。
「私は今、山形県のTH町に避難しています。富岡町が発信する情報を得るには、どうすればいいのでしょうか? 」

私は、そう尋ねました。
すると、この役場職員は・・・私は、その言葉に唖然としました。

「情報? 特にありません。今、行方不明者の安否確認をしていますから。」

行方不明者の安否確認をしている・・・。

「でも、町の行政がそれだけをしているわけではないでしょう? 避難している町民に対しての対応はないんですか? 避難者は今後どうすればいいのか・・役場からの情報が知りたいんですが ー。」

私のこの言葉に対し、電話の向こうから、さらに唖然とさせる言葉が返って来ました。
「だから、今はありません!! 安否確認はどうでもいいって言うんですか!? 」

町民の安否確認は大事なことです。
しかし、着のみ着のままで町を出て、途方にくれている住民たちも大勢いるのです。
震災以来10日も経つと言うのに、町役場が「安否確認」に掛かりきりというのは、信じ難いことでした。

そして、何とか情報を ー と電話した者に対し、こんな言葉を返してくるとは・・・。

「ちょっと待ってください。安否確認がどうでもいいなんて言ってませんよ。大事なことです。でも避難している住民に対しても、役場がするべきことはあるでしょ?」

「安否確認で手一杯です。」

「せめて、情報だけでも発信してくれなきゃ困りますよ。」

「だから、今はありません!!」

「今後はどうなんでしょうか?」

「分かりません。何も決まってません!!」


D様 ー。
役場の電話番号をプッシュした時、私はよもや、こんな応対をされるとは思いませんでした。
町の役場職員の能力レベルは、知っていたつもりなのですが・・・。
この職員の口調には、あえて私を苛立たせる刺々しさがありました。

そして、その後は何を訊いても、木で鼻をくくった様な答が返って来るのでした ー 。

私は、彼に名前を問いました。
「オオワダですがぁ・・。」
「オオワダさん、避難している町民にそんな対応しか出来ないんですか? こんな事態の時に・・驚きました。
このいきさつと、あなたの名前を公表してもいいですか?」

「構いませんよ。どうぞぉ。」
オオワダ氏は「あんたに何が出来るの」 ー と言わんばかりの口調で応えるのでした。


D様 ー 。
これは、あの大震災から約10日目のことです。
ぬるま湯に漬かった者の思い上がり・・・それは、この未曾有の事態においても、何も変わらぬままに発揮されていたのでした。

それから、数日後 ー。
ある出来事があり、私は福島県の担当課に電話をしました。
すると・・・。


この続きを次回に書かせて頂きます。




D様 ー。
私はあなたへの手紙を書き続けます。
以前のペースでの発信が叶わずに、焦燥感にとらわれる日もありますが、
この手紙を途絶えさすつもりはありません。
どうか、読み続けて下さいますよう ー。


朝晩の冷え込みが厳しくなりつつあります。
御自愛下さい。



                        2011.10.10
                        万 留 子



<追伸>
 以上の文章を書いている間、このパソコンには様々な妨害がなされました。
突然、激しくスクロールする画面、動作をしなくなったマウス、文字のサイズが急に変わり、
また、書くそばから文字が消え・・・これらは、インターネットに繋がない状態で起きているのです。
(文章は最初、ワードで書き、管理画面にコピペします。ワードでの作業時はネットに繋いでいません。)

富岡町に住んでいた時も、同様の現象は頻繁に起きていました。
パソコンを外部から覗き、また入り込み・・・そのパソコンを自由に操作する技術は、とっくに確立されています。
卑劣な妨害がなされている疑いが濃厚だと ー 言わざるを得ません。






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-3 Comments

ミセス・まるこ says..."Anzさんへ"
久しぶりのコメントを嬉しく読ませていただきました。
暖かなお言葉に、私自身も優し気持になれました。
本当に有難うございます。

ブログを開設なされたのですね。
早速、訪問しようとアドレスを入れたのですが、何度トライしてもアクセスができません。
ブログ名を入れても同様です。

妨害が行なわれているのかも知れません。
でも、めげずにアクセスを続けます。

被害者が、ブログでこの犯罪を社会にアピールしていくのは有意義なことだと思います。
時にはコメントなどを交わしながら、お互いに頑張っていければ幸いです。

今、私は、ブログが以前のペースに戻れずに焦燥感にとらわれています。
でも、無理な更新を続ければ息切れを起こすはずですから、ゆったりとした気持で書いて行こうと思っています。

寒くなりました。
どうか御自愛くださいますよう ー。




2011.11.21 20:25 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.11.14 21:11 | | # [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.10.31 10:19 | | # [edit]

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