小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(125) テレビからのメッセージ

トマト
若葉たちは
言葉を持っているのかも知れない
この強すぎる日射しの中で
ザワザワ、ザワザワと・・・



D様
先週の火曜日(19日)のことです。
私は朝食の後片付けをしながら、テレビの音声だけを聞いていました。
番組は朝のワイドショーでした。

番組はやがて、タレントの大木凡人氏の話題になりました。
彼は、今年1月に「大動脈解離」の手術をしたということでした。・・が、私はその話題は前日にも聞いていました。たしか、フジTVの「ノンストップ」でした。大木氏の病気の発症から緊急入院までの経緯、そして手術を経て退院にいたるまでの一部始終を、本人へのインタービューも交えて取り上げていたのです。

「昨日と同じ内容・・・。」
私は別の局へチャンネルを変えました。

すると、そこの局も、大木氏の「大動脈解離」を取り上げていたのです。
私は更にチャンネルを変えました。するとそこでも大木氏のこの話題。更に変えるとそこでも・・・。

驚きました。
同時に4つのキー局が、大木氏の「大動脈解離」を取り上げていたのです。フジTVは、前日「ノンストップ」で取り上げたばかりなのに、翌日の「特ダネ」でも取り上げると言う念の入れようでした。


D様
私は、大木凡人というタレントをよく知りません。風貌的には漫才系だと思いますが、テレビで彼の芸を観た記憶はありません。大木氏は、広く名前が売れた「有名芸能人」ではないはずだし、いわゆる「大物芸能人」でもないと思われます。彼の「大動脈解離手術」を、東京のキー局が一斉に取り上げるのは不可解だと言わざるを得ません。しかも、どこの局も、かなりの時間を割いていたのです。

さて、この「大動脈解離」というのは、どんな病気なのか ー を調べてみました。
インターネット上の情報によれば、「大動脈の壁に『内膜亀裂』が生じ、中幕内に血液が流入し、大動脈が『真腔』と『偽腔』に分離された状態」・・を、言うようです。つまり、心臓の大動脈瘤が大きくなり、血管が破裂する病気です。

症状は、「急性大動脈解離」の場合、胸部または背部に激痛が起こります。ショック状態になる人も少なくないようです。原因は、先天性のほかに、大動脈炎、自己免疫疾患、妊娠等があり、若年層にも発症はあるようです。多くは動脈硬化性疾患と言えますが、発症までのメカニズムには不明な点が多く解明されていません。

さて、大木氏の場合ですが、
彼は、今年1月に発症しました。胸が苦しくなる症状が1週間ほど続いた後、突然、激痛に襲われたのでした。それは、生まれて初めて経験する壮絶な痛みだったと言います。

彼は痛みの中、自分で救急車を呼び、東京医療デンターに搬送されました。病院に着く前に20%以上の人が死亡するというデータがある中、彼の場合、直ちに行なった手術が上手くいき、命を取りとめました。そして3週間余りで退院できたのでした。

今回の一連の番組には、専門医が出演していた局もあり、「前触れなく、突然に襲う病気」であることを語っていました。大木氏は、発症の1週間ほど前から胸に違和感があったと話しているのですが、専門医によれば、「それは珍しいこと」 と、いうことでした。


さて、D様
先ほどの疑問に戻りますが ― 、
この大木氏の病気を、テレビ各局は何故これほど一斉に、かつ大きく報じたのかでしょう? 大木氏が大変な病気をしたのは分かります。しかし、日々、社会に沸き起こる出来事は膨大な量になるはずであり、その中から、この「大木凡人」という、あまり知られていないタレントの病気を、キー局が一斉に取り上げたのには何が理由なのでしょう?

マスメディアが足並み揃えて、同様の報道に走る場合 ― 何らかの意図が働いていると私は見ています。今回の大木氏の病気報道を、そのスタンスで考えると、「大動脈解離」という病気そのものに焦点が当たって来ます。この病気の特徴は、「前触れなく発症」「老若男女にリスクがある」「死亡率が高い」ということになります・・・。

もうお分かり頂けたと思います。今回の大木氏の報道の中に流れていたのは、「前兆のない死」というキーワードです。そして、それは、誰にでも起こり得るというメッセージです。

D様、あなたなら「穿ち過ぎだ」などとはおっしゃらないはずです。
公安K主軸とする組織犯罪 ― その被害者たちは、マスメディアが加害者側に取り込まれていることを見抜いています。また、この組織犯罪では、「病気・事故・自殺に見せかけた殺人」が行われていることも・・・。また、この組織が、既に狂気の領域にいることも知っています。メディアは情報の中にある意図をもったメッセージを潜ませていることが多いのです。

テレビ番組からのメッセージをもう一例上げてみます。

まず ー 。
私は、以前の手紙の中で、YZ市のハンバーガーショップでの出来事を書いたことがあります。店内がガラガラ状態にも関わらずオーソドックスなハンバーガー1個を持って来るのに18分もかかった時のことです。

時間がかかった理由を尋ねた私に、店員は、「他のお客さんと間違えた」と答えたのでした。大雪の日で、客もまばらな店内で、持っていくテーブルを間違えた・・・とは驚きました。たとえ、それが本当だとしても、18分もの時間を要することは有り得ません。

しかし、この組織犯罪の被害者にとって、この類のハラスメントは日常茶飯事です。行く先々で嫌がらせを受けます。特に飲食店には、協力者が配置されている確率が高いと言えます。最初は通常のサービスが受けられていた店であっても、行きつけの店として通ううちに、店員の態度や、料理の質が悪くなると言うケースもあります。

被害者のサイト「AGSAS」に、「外食時の弾圧パターン(2015.1.2付)」という記事がありますが、飲食店でのハラスメントの内容が詳しく書かれています。
     ※AGSAS⇒http://antigangstalking.join-us.jp/


さて、D様
昨年の秋ごろだったでしょうか…私は、あるテレビ番組を観ていました。
江角マキコと有田哲平が司会を務める「私の何がいけないの?」というTBSの番組です。この番組は、招いたゲストの私生活などを紹介し、それに対してコメンテーターや司会者が批判や賛同のコメントをするという内容なのですが ― 。

その日は、元SHAZNAというバンドのボーカリストだったIZAMというタレントが出演していました。彼は「食」にこだわりを持っていて、飲食店で出て来た料理が意に沿わないと、ためらわずクレームをつけるのです。例えば、ステーキ店では、肉の産地や種類を詳細に尋ね、ソースも念入りに内容を確認し、焼き方も細かく注文をつけます。・・・そして、出て来たステーキが注文通りでないとやり直しをさせるのです。

IZAMの「飲食店クレーマーシリーズ」は、何週かに亘って放送されました。その都度、IZAMはスタジオの出演者たちの非難を浴びたのでした。飲食店でクレームをつけるなど「とんでもない」という訳です。

また、IZAMはインターネット上でも、批判の嵐に曝されることにりました。
確かにIZAMの注文は細かいし、少しでも注文と違うとそれを指摘し、やり直させることもします。しかし、料理がおいしい時は、素直にその旨を告げ、褒めることも忘れません。


D様
私は、料理が注文した通りのものでなければ、それを指摘するのは当然だと思います。悪いことだとは思えません。何故、いけないのでしょう? スタジオでIZAMを庇う出演者は誰一人いませんでした。飲食店でクレームをつけるのは、疑う余地もなく悪いこと ― とされたのです。

大阪のお好み焼屋では、IZAMに対する女店主の態度は最悪でした。「おすすめな何か?」と問うZAMに対し「自分で決めろ!」 それは「浪速のおばちゃん」のざっくばらんな・・・そして、人情味がある調子ではなく、ただ無礼な応対なのでした。
IZAMからの焼き方の注文を跳ねつけ、「黙って食え」と言わんばかりの態度なのです。それでもIZAMは、最後に「美味しかったです。ご馳走さまでした」と言い、「また来ます」と言ったのですが、この女店主は「来ることない!」

このビデオを観ても、スタジオの出演者たちはIZAMを批判するのでした。
飲食店では、客は出された料理を黙って食べなければならない…ということです。
この番組はそのメッセージを発信しているのでした。

組織犯罪の被害者は日々、様々なハラスメントを受け続けています。
勿論、飲食店も例外ではなく、クレームを付けたくなる時も少なくありません。しかし、店内でそれを言うことはタブーとしなければならない風潮が作られつつあるようです。



真夏日が続いています。
ご自愛くださいますよう。

        2,015.5.27      万瑠子


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

スポンサーサイト

「更新日のお知らせ」と、眼の症状について

菜の花
  


新緑が、初夏の陽光に色を増しています。
季節は、真夏へとその足を速めているようです。

こんな煌めく季節を、私は無為に過ごしています。
先週、3日連続で病院に行くはめになってしまいました。

目に不可解な症状が出ているのです。これは大部前から自覚していた症状なのですが、病院に行っても無駄なような気がしていました。朝起きると、頭皮に棘が刺さったような感覚があり、それが日々、増えて行きました。それと共に、目に異常が出て来たのです。それが最近、ひどくなっているので、先週、検査を受けることにしたと言うしだいです。

この一部始終は、折をみて詳しく書こうと思っています。


次回の記事の更新は5月26日(火)の予定です。
ぜひ、ご訪問くださいますよう。


               2015.5.24   万留子




(124) 犯罪ツールとしての「虫」

花 鉢植え

新緑のモミジの下に、犬が寝転び・・
私は猫を抱いてそれを見ている・・・

コンクリートベランダから
私は、かつての日々を眺めています。




D様

先週の水曜日の夜のことです。間もなく日付が変わる頃でした。
自室でパソコンを操作していた私の耳に、バタバタと騒がしい音が聞こえて来ました。
何事かと、耳を澄ますと・・・音は、トイレの方からでした。

早い時間に就寝した夫が、眼を覚ましてトイレに行ったようでしたが・・・。
私は、音のする方に行ってみました。

夫は、丸めた新聞紙を振り回して、トイレの壁や天井を叩いていました。
「どうしたの?」
「見ろよ、この虫・・。」

驚きました。
トイレの中に多数の小バエが飛び回っていたのです。壁や天井にも、ウヨウヨと張りついています。夫はそれを見て、半ばパニック状態になったようで、新聞紙で叩き落とそうとしていたのでした。

小バエが、なぜ急に・・・どこから入って来たのだろう・・・?
私は、しばし呆然とそれを眺めていました。


D様
今、私たちが住んでいる建物は、昨年11月に竣工したものです。鉄筋コンクリート造りの4階建てで、辺りは住宅が立ち並ぶ住宅地です。新築の建物ですから、当然、居宅内の装備も真新しく、汚れの付着はまだありません。私は、トイレは、特に清潔を保っよう心がけていますのでピカピカ状態です。つまり、小バエが入り込んでくる要素はないと言えます。

当夜は、午後7時前に、すべてのドアと窓に施錠しました。夫の就寝時刻が早いので、私は、いつもこの時刻には戸締りをするのです。ですから小バエが窓やドアから侵入することはあり得ません。

「掃除機で吸い取った方がいいな。」
夫の言葉に我に返ると、私は慌てて掃除機を取り出したのでした。
夜中にそんな形で掃除機を使うことになろうとは・・・。


翌朝 ―。
午前9時になるのを待って、私は、建物を管理している県の担当課に電話をしました。
そして、応対した担当者に昨夜の事情を話し、原因を特定してほしいと伝えました。

県の担当者は、「建築した業者と連絡を取り、そちらに伺わる。」との返答をくれました。・・が、建築業者との行き違いが続き・・・、午前中のはずだった業者の訪問が実行されたのは、午後4時過ぎのことでした。あげくに、やって来た担当者は、「、換気扇は設備会社の仕事でしたから、そちらじゃないと分りませんね。」と、言うのでした。

そして、その翌日 ― 。
設備会社と電気配線会社の2人がやって来ました。歳は、30代と60代くらい ー。。
2人は、トイレの換気扇のあたりを見て ― 。
「虫が入るとすれば、この換気扇しかないけど・・入って来るのかなぁ。こんなこと初めてですね。」

換気扇は、直径が10数センチの小型のものです。この換気扇による排気は、天井の上を通る配管により、隣の洗面所と浴室を経て外に出て行きます。ですから排気口は4~5メートル先になります。

その排気口を外から見ると ― 。
通路に面している壁に、少し突き出た形で取り付けられています。トイレ用と浴室用の二つが並んでいます。そして、それぞれに、虫除けの網と半月型のカバーが付いています。小バエは、浴室には一匹もいませんでしたから、トイレ用の排気口のみを選んで入って来たことになります。)

「あれェ、換気扇の元スイッチが切れてますね。」
突然、30代の方が言いました。

換気扇は本体に付いているスイッチが切られていて、トイレ入り口のスイッチは、効かない状態になっていたのでした。気付きませんでした・・・私は、そんなスイッチの存在すら知らなかったのですから ー 。

彼は、言葉を続けました。
「工事完了後は、スイッチをオンにします。切れたとすれば、その後、清掃会社が部屋全体を清掃するんですが、その時にうっかり触ったのかも知れませんね。」

いや、そんなはずはない・・・と、私私は思いました。
入居した日、私はすべてのスイッチを確認したのです。

換気扇の音は静かでしたが、微かに作動した音を聞きました。それ以後は、換気扇のことなど気に留めることはありませんでした。スイッチを入れれば回っていると思い込んでいました。

なぜ、換気扇の元スイッチが切れていたのか・・・そしていつから・・。
私は、漠然と、切られたのは最近のような気がしました。


さてD様
話は前後しますが ー 。
「小バエ」が出た翌日、私は燐宅を訪問しました。ちょうど、回覧板を届ける必要があったので、ついでに「小バエ」のことも訊こうと思ったのです。

チャイムを鳴らすと、インターフォンからYTの無愛想な声が聞こえて来ました。
私が、用件をいうと・・・渋々という感じでドアが開きました。
YTはパジャマ姿でした。時刻は、午後2時を過ぎていましたが ― 。

「今後は、この回覧板を・・・。」
私がひと通りを説明するのを面倒くさそうに聞くと、YTは早々にドアを閉めようとしました。

「アッ、ちょっと待って・・。」
私は、昨夜、小バエが入り込んで来なかったかと訊きました。

「小バエ? 入って来ない。」
YTは、そう言うなり、ドアを閉めたのでした。

私は次に、当宅の真下にあたるKH宅に行きました。
「虫? 小バエ・・・出なかったですねぇ」
60代半ばと見える奥さんは、そう答えるのでした。

小バエはどういう訳か、3階を通り越して、4階まで上がって来たのでした。
真夜中の集団行動というわけです。


さて、D様
この組織犯罪では、「虫」が加害のツールとして使用されます。
私は以前、「ナメクジ」と「ダンゴ虫」について書いたことがありますが、覚えておられますでしょうか?。

避難前のTM町の自宅キッチンには ー 。
毎朝、シンクにナメクジが張り付いていました。

侵入経路は不明でした。考え得る限りのあらゆる対策を講じましたが、ナメクジは現れ続けたのです。それは信じがたいほどの執拗さで、12月の寒冷期になっても止むことはありませんでした。私の心身は疲弊して行ったのです・・・。

また、ダンゴ虫も ー。
隣家との間のコンクリ塀に、毎朝、ビッシリ張りついているのです。
私は、専用のアイス用のトングで、それを剥がすのが日課でした。

トングで塀から引き離したダンゴ虫を、スーパーのレジ袋に入れていくのです。小1時間分もすると、袋の中はダンゴ虫でいっぱいになります。それでも、取り尽くせるものではなく、大体のところで切り上げ、殺虫剤を塀に吹き付けます。
しかし、翌日になると、ダンゴ虫は、ウヨウヨとと張りついているのでした・・・・・。


例をもうひとつ ー。
私と夫は、4年前の震災後、山形県に避難しました。
YZ市に3年半余り住んでいたのですが、その間に、あるNPO法人の事務職に就いていたことがあります。

この法人は、常に「金欠状態jで、経営は自転車操業でした。当然、事務所は粗末なもので、来訪者の中には物置きと間違える人がいたほどです。敷地内には、この「物置風の事務所」のほかに、「6畳プレハブ事務所」があり、その「プレハブ」の方が私の事務所でした。

初夏のことでした。
その日、私は「物置風事務所」に用事があり、自分のプレハブ事務所を留守にしました。留守にすると言っても、二つの事務所は10数メートルしか離れていません。

40~50分の打ち合わせが終わり、私は「プレハブ」に戻りました。
机に着こうとして、椅子をずらした時・・・私は、何か違和感を感じました。
床が汚れているような・・・・見ると「蟻」でした。床の上にゴマをまぶしたような蟻が右往左往していたのでした。。

事務所を出る時は、蟻はいませんでした。
机の下には、白いカーペットが敷いてありましたから、気付かないはずはないのです。

蟻の様子を見ると、「何故自分たちがここにいるのか・・。」と。パニック状態となっているようでした。行く方向が分からず右往左往しているのです。私は、蟻の生態に通じてはいませんがすが、エサもないカーペットの上に蟻が突、然、出現するなどあり得ないと思ったのでした。

この事務所においては、それまでにも、不審なことが起きていました。
物の紛失、破損、汚れ・・・それは、この組織犯罪の手口そのものでした。私がそれまでに嫌と言うほど経験し、現在も続いている被害です。

山形県は、農業が主産業の県であり、至るところに牧歌的な風景が広がっていますが、この組織犯罪の網は、都会であろうと、田園地帯であろうと…例外なく掛けられているのです。


さて、D様
加害のツールとして使われる虫は、上記した他に、クモ、ミミズ、ダニ、ムカデ、蛇、シロアリ、ゴキブリ、ハエ、米虫・・・など多種に亘っています。昨日、私は、インターネットで「ショウジョウバエ」を検索してみたのですが、研究機関がいくつかヒットしました。当然、上記の「虫」についても、それぞれに研究機関があり、培養なり飼育が行われているのは言うまでもありません。この組織犯罪のバックグラウンドを鑑みれば、それらの虫の入手は容易に行われているはずなのです。

最後に ー 。
蟻の被害については、タレントの故清水由貴子さんも語っていました。
彼女は、自分の父親のお墓の前で「自殺した」とされています。自殺の原因は、「介護うつ」と喧伝されましたが、私は、その決めつけに、以前の手紙の中で疑義を呈したことがあります。彼女は、この組織犯罪の被害を、戸崎貴裕氏(AGSAS)に訴えていたのは確かな事実です。彼女は、この組織犯罪に追い詰められていました。

彼女は、病気の母親と共に父親のお墓に行き、そこで死んでしまいました。
私は、この事件を思うにつけ、やり場のない悲しみと怒りにかられます。この組織犯罪への憎悪が、耐え難いほど込み上げて来るのです。社会がこの組織犯罪を広く認知し、阻止へと動き出すことを願って止みません。


初夏の気温も気まぐれ変化を見せています。
ご自愛くださいますよう。


        
        2015.5.17     万瑠子



人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

(123) 監視社会と防犯パトロール


GAK96_tesuriniokaretahanataba500.jpg
この季節には似合わないメランコリーを
風に託そうと
窓を開けたけれど・・・



D様
先週、久しぶりに「集団ストーカー」というキーワードを検索してみました。
現在、どんなサイトが存在しているのか、ふと知りたいと思ったのです。

すると ー。
以前、このキーワードを打つと、上位に表示された加害者側のサイトは消えていました。
尤もらしいt理屈をつけ、被害者を精神疾患者と決めつけたサイトでした。
私は以前の手紙の中で、その文章の非論理性を指摘し、「赤ちょうちん談義」と揶揄したことがあります。4~5年前のことでしたが、今回グーグルで検索した限り、そのサイトは見当たりませんでした。

しかし ― 。
同様のサイトは存在していました。その内容は相変わらずで、被害者を「精神異常者」と決めつけるものです。これらのサイトは、この組織犯罪の「狂気」を、「被害者の妄想」に置き換え、犯罪の隠蔽に貢献しています。集団ストーカーなどあり得ない ― と躍起になって否定しているのです。

もし、被害の訴えを嘘だと思うなら、無視すればいいのです。立派なサイトを立ち上げて、懸命に否定する必要はありません。その不自然さが、むしろ、被害の信憑性を浮き立たせる結果となっています。。

また ― 。
この組織犯罪を否定する手法に、「被害者を装う」というものがあります。
この方法は、被害者だとしてウェブサイトを立ち上げ、意味不明のことを書き連ねるのです。そして、誰が読んでも「頭がイカれてる」としか思えない記事を発信し続けます。それを読む一般の人たちに、「集団ストーカーなんて言う奴は、やっぱり精神異常者なんだ。」と思わせれば成功というわけです。

この組織犯罪の被害者は、日々、重層的に襲ってくる加害の中でもがいています。ウェブ上での被害の訴えは、止むに止まれぬ行為であり、被害者はそうせざるを得ない状況にいるのです。しかし、「そんなことがあるのか?」と、疑義を持たれる読者も当然いるはずで、一般常識から見れば、それが自然の反応だと言えるでしょう。これは、「常識」を「隠れ蓑」にしている犯罪なのですから・・・。


さて、D様
昨年の初夏のことです。
私と夫は、かつて住んでいた家に行ってみました。
福島県TM町のこの一帯は、現在、「居住制限区域」に指定されています。そこで寝泊まりすることは禁止されていますが、日中の立ち入りは、2年ほど前から自由になりました。

かつての町は、あの震災の日から時が止まっています。
傾いた家、落ちた瓦、倒れた石垣、割れたアスファルト道路・・・その隙間からは雑草が生い茂り・・・人影はなく、まさにゴーストタウンです。

かつての家も同様 ―。
軒下に落ちた瓦、干した洗濯物、出したままのホースリール・・。
震災前に夫が植えた桜の苗木がかなり成長していて、時の経過を教えてくれたのでした。

行っても、何も変わってはいず、することもないと・・・分かってはいました。
ただ、行方不明の猫が、もしや戻ってはいまいかと思ったのです。。
大きな声で何度も、名前を呼びましたが、姿を現すことはありませんでした。


私たちは、その後 ―。
以前経営していた会社の跡地に寄りました。(隣のNH町にあります。)
鉄製の門扉を開けるまでもなく、雑草が生い茂っているのが見えました。
「放って置くと荒れるもんだなぁ・・・。」
夫は、門扉を開け中に入って行きました。

私も続こうとした・・・その時です。
1台の車が門の前に近づいてきました。見ると中に二人の男が乗っていました。
なんだろう・・? と私は、そこに立っていました。

車は私のすぐ傍に停車しました。当然、男たちは外に下りて来るだろうと思ったのですが・・・彼らは車のウィンドウも開けず、無言のまま、私をジロジロ見るのでした。運転席の男と目が合いました。男はそれでも黙って目を離しません・・。無遠慮な視線です。

私は不審に思い、用件を尋ねようとしました。
体をかがめ、顔をウィンドウに近づけようとした時・・・車が動きました。
そして、そのまま行ってしまったのです。

私は唖然として、その車を見送るだけでした。
何という失礼な態度だろう・・・私は腹が立ちました。

その車には、文字が書かれていました。
防犯パトロールと。

それにしても、何故、こんな誰もいない場所に・・・。
私たちが来たことを、知っていたとしか思えませんでした。


さて、D様
「防犯パトロール」ですが、その前に ー。

「集団ストーカー」と呼ばれる組織犯罪は、多くの協力者を擁しています。協力者たちは、日本国中に張られた緻密なネットワークで動かされています。それは、地域の隅々にまで浸透したネットワークですが、それを持つ組織は、警察以外にはあり得ません。

この組織犯罪は、いわば、現代の「治安維持法」だと私は考えています。つまり、支配体制に不都合な者を排除するシステムとして機能しているのです。その機能維持には常にターゲットが必要となります。ターゲットがいなければ、この治安維持システムは錆びついてしまい、その機能は劣化して行くのが当然です。ですから、各自治体ごとに一定数のターゲットが不可欠となっているのです。


協力組織は、行政や地元の企業…例えば、消防署、郵便局。病院、研究機関、宅配業者、警備会社、タクシー、ゴミ収集車、コンビニ、ボランティア団体、学校、スーパー、銀行、飲食店、電話会社・・・、例外を見つけるのが難しいほどです。警察の「生活安全課」は、それらの企業や組織と防犯に関わる「協定書」を結んでいる例が多いのです。その一つに「防犯パトロール」があります。

防犯パトロールは、地元警察と連携をとりながら、防犯活動を行なうボランティア組織です。現在、日本全国の自治体の多くにこの防犯パトロール隊が存在しています。地域の犯罪防止の効果は不明ですし、警察が主導する活動に問題を指摘する有識者は少なくありません。また、特定の対象者を追跡や尾行するなどの例もあり、集団ストーカー犯罪との関連を訴える被害者の声もあります。


数年前 ― 。
テレビ朝日の番組で、渋谷(東京都)の防犯パトロールの活動を紹介していました。揃いのユニフォームを着た5~6人が街の見回りをしている様子でしたが・・・驚きました。我が物顔に街を練り歩き、目に付いた若者に注意するさまは、暴力団顔負けでした。威丈高な言葉使いと威圧的な態度 ― 私は、観ているだけで不快感が高じたのでした。これが民間の防犯活動なのかと・・。

現在の活動の様子は分かりませんが、以前と同じであれば、パトロール活動そのものを根本的に見直す必要があると思います。


D様
今回、「監視社会」への懸念は、すでに10年前には大きくなっていたようです。2005年に、憲法学者の清水雅彦氏が講師を務めたシンポジウムが開かれています。「ひろがる監視社会『安全・安心まちづくり』とは何か」 と題したこの講演には、上記した防犯パトロールの問題も取り上げられています。

<一部を抜粋してみます>。
「今や、新聞配達員にしろ郵便局職員にしろ、警察官の手先として活動しているという側面があって、例えばコンビニが第2の交番になったり、配達員が第2の二輪警邏隊になったり、タクシーが第2のパトカーになったりするという状況になっています。最近では、ヤクルトレディなんかも警察と協定を結びつつあって、・・」

「商店街の人たちが、時には柔道とか合気道をやっている若者を誘ってパトロール活動をやっている。実際には地元の警察署が指導しています。そういう民間交番が、いま各地で出来つつある。民間人が警察官みたいな活動をしているわけです。」

「・・揃いのジャケットを着て、地域を歩いてますけれども、実際に犯罪者に対しては何も役に立たない、正義感を持って対処したら危ないんですけれども。これから怖いなと思うのは、団塊の世代が一斉に退職して、その人たちが、持て余した時間を何に使うか。間違ってもこういう活動を一生懸命やってほしくないです。」


D様
地域社会の至るところに配置されている警察の協力者 ― 「集団ストーカー」と呼ばれる組織犯罪は、この行き過ぎた監視社会の構造を土台として行われているのです。そして、そのコアとなっている公安Kは今、「狂気」と「傲慢」に支配されていると・・・被害者たちは知っています。その狂気から、1日も早く覚めることを願わずにはおられません。



思いがけない低温の明け方があるようです。
どうか御自愛くださいますよう。


                         2015.5.10    万留子



人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

更新日のお知らせ

薔薇



連休も去り、日本列島にはいつもの日常が戻っています。
好天の日々を、いかがお過ごしでしたでしょうか?

私は、いつもの日常でした。
賑わう行楽地の様子をテレビで観ながら、「いつか行ってみよう。」 などと・・・。
その「いつか」が、いつ来るのかは分かりませんが。

無為の日々を「時」が疾走して行きます。
「時」にしがみ付きながら、私は「D氏への手紙」を書いています。

今度の更新は、5月10日(日)を予定しています。
ぜひ、ご訪問くださいますよう。

          

                     2015.5.8   万留子

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。