小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(121) 靖国神社に思うこと

花 ピンク

窓を開けたら
思いがない強い風
私の髪の間をふきぬけ
また、遠い空へと・・・


D様
表題の内容に入る前に、まず、先日の出来事を書かせて頂こうと思います。

4月11日のことです。
私は、東北自動車道を軽自動車で走っていました。
入院中の母を見舞った帰りでした。

私は、福島飯坂インターから高速に入り、順調に車を走らせていました。
道路は空いていました。私は、時速80kmほどのスピードをキープし、走行車線にいました。時刻は、午後5時を少し過ぎた頃で、日はまだ充分な明るさを保っていました。
何の問題もない走行でしたが・・。

バキッ!!
突然、車の車体のどこかから音がしました。極めて大きな音です。
それは、今までに経験したことのない音でした。

何が起きたのか?!
私は、半ばパニック状態で路肩に車を停めました。高速道路での停車が、危険なことは分かっています。しかし、停めるべき状況だと判断したのです。私はハザードランプを点灯させて、助手席側から慎重に外に出ました。

車の下を覗きこみ、異状を見つけようとしました。しかし、よく見えず音の原因に繋がるものは発見できませんでした。タイヤを見ても特に異状はなく・・・。タイヤが何かを踏んだのかと、道路に視線を転じましたが異物は見えませんでした。

私は車に乗り込み、どうしたものかと考えました・・。
以前、走行中に前輪の車軸が折れたことがありました。(以前の手紙に書いています、)その時のことが頭に浮かびました。あの時、車は180度回転し、タイヤは奇妙な形で道路に水平になっていたのでした。私は何が起こったのか分からないまま、高速道路だったら死んでいたはずだと・・・。

当時、車の異常が頻繫に起きていました。ラジエーターから突然、蒸気が吹き出してきたり、ブレ―キが効かなくなっていたり(この時は、家の駐車場を出て、すぐ気が付いたので大事には至らなかったのですが。) 停めていた車がパンクしていたり、走行中にマフラーが外れたり・・ヒーターが不可解な状態で効かなくなったことも・・。。

D様
集団ストーカーと言われる組織犯罪の被害者は、常に警戒していなければなりません。車は特に細工がしやすいし、狙われることが多いと言えます。事故の誘発も行われます。(この経験は、折を見て書きたいと思っています。)、

その日、私はそのまま車を発進させ、慎重に低速度を保ちつつ帰宅したのでした。
車は翌日、夫に見て貰ったのですが、異常は見つかりませんでした。近い内にディラーで点検して貰うつもりで、今、車にはあまり乗っていません。

あの大きな音の原因はなんだったのでしょう・・・。



〈靖国神社に思うこと〉

さてD様
靖国神社の春季例大祭が、今年も4月21日~23日に行われました。
これに合わせ、22日に、超党派の国会議員で作る「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバー106人が神社を参拝しました。また、翌23日には女性閣僚ら3名がそれぞれに神社を訪れ参拝したとのことです。

首相の靖国神社参拝については、中国や韓国から毎回、批判の声が上がるのですが、今回、安倍首相は外遊中で「真榊(まさかき)」を奉納しただけでしたので、特に批判を受けることはありませんでした。首相以外の議員の参拝については、今までに外国からの批判は起きていません。・・が、国内的に政教分離という憲法上の問題は存在しています。

日本国憲法は第20条で信教の自由を保障しています。そして同時に、政治と特定宗教が結びつくことを禁じています。ですから、首相の靖国参拝は憲法違反である ー との訴訟がこれまでに何度も起こされています。それらのうちで福岡地裁(2004年)と大阪地裁(2005年)で違憲の判断が下されました。

首相や閣僚を始めとする国会議員が靖国神社を参拝すると、メディアから必ずと言ってもいいほど問われることがあります。参拝が「公的」か「私的」かということです。しかし、それを問われた、議員は当然「私的」と答えるしかありません。

1984年に当時の中曽根首相は、靖国参拝を「公的ば立場で行った」と明言しましたが、物議をかもし出し、訴訟を起こされています。それ以来は「公的」と表現する議員はいません。にも拘わらずマスメディアは、そのたぐいの間抜けた質問を毎度繰り返し、玉ぐし料を私費で支払ったなどと、それで全ての問題がクリアされたかのような報道をしているのです。

さて、22日に靖国参拝をした「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」ですが、この会のメンバーたちは、毎年、例大祭(春・秋)と終戦記念日に参拝を行なっています。「国の戦いに殉じた英霊を敬い感謝の意を表するのは当然のこと」 ― との主張です。

確かに ー。
日本国憲法が「信教の自由」を保障していることは前述したとおりです。ですから、靖国神社を参拝することは個人の自由であり、誰も止めることは出来ません。国会議員だからと言って、その権利を阻害されることはないのです。

しかし ー。
国会議員が徒党を組んで参拝するとなれば話は別です。私は「違憲」であると考えます。

靖国神社は、現在、日本にあまたある宗教法人のひとつに過ぎません。戦後、国から切り離され宗教法人靖国神社として独立しました。以後、他の宗教法人と変わることなく、神社の運営費用は信者や賛助する企業から献金で賄っているはずです。

靖国神社は多数も信者を擁しています。太平洋戦争で戦死した兵士の遺族は言うに及ばず、戦友、保守系議員、右翼系団体、企業、靖国の教義に賛同する一般国民、等々。信者たちはそれぞれ自由にこの神社を参拝します。日の丸を掲げての参拝も、軍服姿の参拝も、境内内での軍隊式の儀礼も・・・全くの自由です。それを止める権利は誰にもありません。

・・が、国会議員が集団で参拝をするとなれば話は別です。なぜ国会議員だけで徒党を組み、揃って参拝しなければならないのか ー?「国の戦いに殉じた英霊を慰霊する」と言うのであれば、静かにひとりで参拝すればいいのです。「御霊安らかなれ」と祈るのは個人の宗教行為であり、これ見よがしの示威行動をする理由は何なのか・・・。それはむしろ、この宗教が祀る「英霊」への冒涜とも言えるでしょう。

「靖国問題」というのものは、国がこの宗教法人に関わるから生じます。中曽根康弘元首相は靖国を参拝を公式参拝と明言し、玉ぐし料3万円を国費から支出しました。これは素人が考えても明らかに憲法違反であり、裁判でも違憲判決が出ています。

22日に超党派の議員たちの集団参拝、23日の女性議員3名の公用車での参拝・・・彼らが信ずる靖国神社の英霊に心からの慰霊をするというのなら、ひっそりと個人で行くべきなのです。


さてD様
信教の自由とは、特定の宗教を強制されないということでもあります。
靖国神社を信じない自由も保障されなければなりません。

英霊として祀られている戦死者の中には、外国籍やキリスト教徒であった兵士たちも含まれています。遺族らは靖国神社の教義を信じていませんから、父や息子が「神」として祀られていることに強い拒否感を持っています。死して尚、軍国主義の枠内に収められていることは耐え難い屈辱なのです。

これらの遺族は、靖国神社に対し「英霊」から名前を外すよう要求しています。しかし、神社側がそれに応ずることはありません。1度、祀った英霊は外せないと言うのです。裁判も起こされていますが、遺族が敗訴しています。死者を追悼し、その霊を慰める権利は、まず遺族にあるはずです。しかし、その遺族感情は跳ね付けられ、神社側のな教義が押し付けられているのです。



さてD様
靖国神社の成り立ちですが ー。
創建は1869年(明治2年)で、当初は「東京招魂社」という名称でした。国、特に軍部と強く結びつき、祭事は旧陸海軍が統括していました。

江戸幕府から明治政府へと政権が代わり、日本は富国強兵へと暴走を始めました。欧米に追い付け追い越せと、近隣諸国へ侵略して行ったのです。青年は徴兵され、戦争へと駆り立てられていきました。台湾、韓国、中国、ロシアへと戦火を拡大させていく中で、靖国神社は軍国主義と強く結びつき、その役割を果たしていたのです。

戦争をすれば、戦死者は必ず出ます。戦争がたび重なれば当然、戦死者は増えていくことになります。夫や息子が戦死すれば、家族の悲痛は計り知れないものがあるはずだし、一家の大事な働き手を失えば経済的にも逼迫することになります。遺族の怒りや悲しみを発端として、国に厭戦が蔓延することにでもなれば、戦争遂行上の大きなマイナスとなっていきます。

靖国神社は、そんな国民の怒りや悲しみの浄化装置として機能して来たと言えるでしょう。また、戦意を高揚させる「褒章」としての役割も果たしてきました。

「名誉の戦死をした者は、靖国神社に英霊として祀られるのだ。そして、恐れ多くも天皇陛下に参拝して貰えるのだ。そんな栄誉なことはない。戦死を誇りに思え。」という訳です。そして、靖国神社において、国を挙げて、戦死者を讃え、顕彰する行事が行われます。遺族はもう、怒りや悲しみを口にすることすら出来なくなるのです。

戦後、一宗教法人となった靖国神社ですが、日本という国が、この神社にかつての役割を与えることは二度と無いようにと願わずにはおられません。


D様

D様
季節はもう初夏となり、
夏を思わせる気温の日さえ ー。
寒暖の差にご留意下さいますよう。


    2015.4.24   万留子


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(120) ナチスとCIAの犯罪

薔薇
けだるい春の午後にふと
懐かしい草いきれの香が・・・
母はまだ若く、風の中で笑っていた
私は幼く…遠足が嬉しくて・・・




D様
前回はバリー・トラウワー氏のインタビューから、マイクロ波兵器に関する話を取り上げました。バリー氏の話はまだ続きます。今日は、その中から「MKウルトラ」について書かせて頂きます。このテーマは以前にも触れたことがありますが、今回はバリー氏の話をふまえ、改めて検証したいと思います

まず -。
このイ ンタニューにおいてバリー氏は、淡々とした語り口で問いに答えています。しかし、その言外にあるのは、この非道な実験に対する怒りと批難です。事実が判明して以来、この計画に関わった組織や実行者たちに対し、各方面から糾弾の声が上がっていますが、この事実は憎悪と侮蔑をもって後世に伝えていくべきものだと思います。社会は、この非道を許すべきではないし、忘れるべきでもないのです。

以下、「MKウルトラ」を検証します。
まず、この「MKウルトラ」を語る際の前章とも言える「ナチスの犯罪」について書かなければなりません。

(1)ナチスの人体実験
「MKウルトラ」は、本人の同意を得ず、非道な実験を行ったという点で、ナチスがユダヤ人強制収容所で行なった人体実験と相似しています。また、このナチスの犯罪を裁いたニュルンベルクの「医者裁判」の被告人たちが、その後、「MKウルトラ」に参加していたという事実は、「MKウルトラ」がナチスの狂気を内包させたプロジェクトであったことを示しています。

ナチスが行なった人体実験は、①双子への実験 ②低温実験 ③骨、筋肉、神経の移植実験 ③マラリア実験 ④マスタードガス実験 ⑤サルファ剤の実験 ⑥海水実験・・などですが、どれも被験者に壮絶な苦しみを与え、死に至らしめる悪魔の所業と言うべきものです。  (※参考資料:ウィキベディア)

これらの実験は、ナチズムが狂気に陥り、暴走していた状況の中で行われたものですが、軍事体制下の社会には、「非道」や「暴虐」を制止する機能が働かない ー と言うことが分かります。同時期の日本でも、関東軍や九州大学において捕虜への人体実験が行われてています。これも社会の根底にあるべきヒューマニズムが失われていた状況下で起きた事件です。

D様
以前、私は、アウシュビッツ強制収容所の生存者の話に衝撃を受けました。テレビのドキュメンタリー番組内での証言でした。証言者である高齢のユダヤ人女性は、「双子への実験」の目撃者でした。アウシュビッツでは、双子に対する様々な人体実験が行われていたのですが、その中に、外科手術で双子同士をつなぎ合わせるという実験がありました。彼女は、一体となった双子とその母親について話したのです。その残虐さは、私に目眩と激しい動悸をもたらしたのでした。

それを行なったのが、アウシュビッツの医官であったヨーゼフ・メンゲレでした。収容所内で「死の天使」と恐れられていた男です。彼は1943年~1944年に、双子1500組に対し残忍な実験を行い、そのほとんどを死亡させました。収容所の解放時に生き残っていたのは100人余りだったと言われています。

アウシュビッツで行われた人体実験は、「双子への実験」だけではありません。上記した6項目は、どれ一つとっても被験者に壮絶な苦痛を与え、死に至らしめる「悪魔の所業」とも言うべきものですが、項目に入っていない人体実験も行われています。

D様
メンゲレは、その人間性をどこで失ってしまったのでしょう・・・?
普段のメンゲレを知る人々は、「命令されて、やらざるを得なかったのだろう」と言うほど、その人柄には、アウシュビッツで見せる「残虐性」は欠片もなかったようで。す。しかし、メンゲレは命令されて仕方なくやったのではなく、自ら、積極的にユダヤ人への実験を行っていたのです。

戦後「ニュルンベルク裁判」で、ナチスの犯罪は裁かれました。(1945年11月 - 1946年10月) 人体実験に関わった医師たちを裁く「医者裁判」は、それに継続し、1946年12月から始まりました。起訴されたのは23人で、翌年8月に判決が下されました。23人中、7人が死刑(絞首刑)、9人が終身刑を含む懲役刑、残り7人が無罪という結果でした。

メンゲレが、この裁判で裁かれれば、死刑は免れなかったはずです。実際、アウシュビッツの同僚カール・ゲ-プハルトは絞首刑になっています。しかし、メンゲレはドイツ国内外を転々と逃げ回り、最後は南米まで逃亡したのです。

イスラエルのモサドは、メンゲレの居場所を突き止めた時もあったのですが、すんでのところで逃げられるなどの失態を演じています。メンゲレは1979年まで逃げ続け、最後はブラジルで死亡しました。彼自身の日記や、会社の同僚の話によれば、常に追跡の恐怖に怯え、小さな物音にさえ動揺するほど神経が衰弱していたと言います。死刑から逃れたとは言え、メンゲレには執拗な罰が与え続けられていたと言えるでしょう。

バリー・トラウワー氏によれば、このニュルンベルク医者裁判で懲役刑を受けた者にの中には、恩赦を受けた者も少なくありませんでした。それらの者たちは、CIAによりアメリカに招聘され、新しい名前と高給が与えられました。彼らは「MKウルトラ」の研究員となったのです。


(2) MKウルトラ計画
1977年8月2日、ニューヨーク・タイムズは、アメリカ国防総省とCIA(アメリカ中央情報局)が行なっていたマインドコントロールの実験を一面で報じました。秘密裡に進められていた「MKウルトラ計画」が暴露されたのです。

翌日、CIAのスタンフィールド・ターナー長官は、政府の合同聴聞会に召喚され、MKウルトラに関する内容を証言したのでした。

この計画に関わった研究機関は、「ゲシクター医学研究基金」、「人間生態学研究協会」、「ジョージア・メーシー・ジュニア基金」、「マギル大学精神医学研究所」が挙げられています。そして、数万人もの囚人や、精神病患者への人体実験の事実と、2400万ドル(過去25年間)もの巨額な資金が使われていた事実が明るみに出ました。

D様     
第二次世界大戦後、CIAは、ナチスの科学者たちを招聘し、様々な研究を行なわせました。「ペーパークリップ作戦」と名付けられています。その中から、洗脳やマインドコントロールの研究を分立させたものが「MKウルトラ」です。

この計画の当初の目的は、「洗脳の研究」と「自白薬の開発」でした。
研究者たちの中には、拷問や洗脳を専門とする者や、上記したようにニュルンベルク裁判の被告たちもいました。密やかに・・・ナチスの狂気が受け継がれたのです。「MKウルトラ」に参加した研究者は、国内外合わせて数百人とも言われています。研究の協力機関としては、大学、病院、診療所、刑務所、研究基金などが判明しており、広範囲に行われていたことが分かります。

被験者は、軍人、医師、妊婦、子供、精神疾患者、囚人、売春婦、大学生、CIA職員などで多岐に渡っています。軍人や一般市民から募集した例もありましたが、実験の内容は知らされないままでした。
被験者は、LSD等の薬品が投与されたり、電気ショックが与えられたり、また、放射性物質が使用された例もありました。結果、多くの被験者が精神を破壊され、死亡しました。

さて、D様
「MKウルトラ」には、隣国カナダの研究者も多数参加しています。その中心となったのがドナルド・キャメロンです。彼は、マキル大学フラン記念研究所において、患者に対し残酷な実験を行いました。LSD等の薬物投与で被験者を昏睡状態にしたり、通常の30~40倍も強力な電気ショックを与えたり、長期間、音や光を遮断したり ー 治療の名の下で、患者たちは洗脳研究の犠牲となっていったのです。

キャメロンはCIAから多額の報酬を得ていたほか、米加両国の精神医学会の会長や、世界精神医学会の議長のポストに就く名誉も得ています。科学者が持つべき倫理や使命は、その虚構の中で失われていったのでした。
キャメロンの所業は、ハービー・ワインスタイン氏により告発されています。精神科医であるワインスタイン氏は、著書の「CIA洗脳実験室」の中で、キャメロンの被験者であった父親と、父親が受けた実験の内容について詳しく著しています。

「MKウルトラへ」の批難は、1977年のニューヨークタイムズ紙を皮切りに、メディアが追随し、日本の新聞でも報じられました。現在でもインターネットを検索すれば、この計画に関する多数の記事や動画に行き当ります。私たちはこの「許されざる事実」を風化させることなく、後世に伝えていくべきなのは言うまでもありません。

しかし ー。
ナチスの人体実験が、密やかにCIAに継続されていったように、現在、この研究は、人間の脳を意のままに操ろうとする研究へとシフトし、続けられていることを言わなければなりません。先端の科学技術と連携した脳科学の研究は、今、人間をロボット化する方向へエスカレートしています。勇敢な兵士、従順な労働者、エンターティナー…思うがままの人間が「制作」出来るレベルになっていることが推測されています。

倫理という「タガ」が外れないことを祈るばかりです・・・。



D様
この地の桜は散り始めています。
低い気温の日々が続きましたが、
あっという間に暑さがやって来ることでしょう。
ご自愛くださいますよう。


2015.4.18    万留子



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(119) FAZ記者とバリー・トラウワー氏の告発

花  白

薄灰色の空が
春のすべてを沈ませて・・・
花冷えの午後にひとり、あなたへの手紙を書いています。


D様、
近年、マスメディアはその使命を放棄している、と言っても過言ではないと思います。それは既に、多くの国民の知るところとなり、報道への信頼は低下しています。そしてまた、そんな腐敗の一端が表出したようなニュースが、一部メディアで報じられました。日本テレビの上重聡アナウンサーが、スポンサーから1億7千万円もの金を無利子で借りていた問題です。上重アナは、その金で高級マンションを購入したのですが、更には、高級外車のベントレーも無償で借り受け、乗り回していたという事実も暴露されました。

上重アナが、日テレから、どれほどの給料を貰っているのかは知りませんが、34歳という年齢を鑑みれば、1億7千万円ンのマンションとベントレーは、「分不相応」と言わざるを得ません。たとえば1億7千万円を銀行から借り、30年ローンを組んだとしても、月々の返済はかなりの額になるはずです。利子は5~6千万円位になると思われますから、無利子で借りた場合、その分は「利益供与」を受けたことになります。

このスポンサーというのは、靴小売りチェーン「ABCマート」の会長三木正浩氏なのですが、上重アナは「知人」と釈明しています。しかし、通常、「知人」程度の関係で、無利子で大金を貸借することは有り得ません。上重アナは金を借りるに至った経緯を説明する必要があると思います。それは、テレビ局というマスメディアの一翼に在職し、報道に携わっている者として、当然の義務だと言えます。報道を職務とする者は、大衆から清廉潔白性が求められるのです。


しかし、D様
上重アナの件は、表出してしまった「氷山の一角」であることは言うまでもありません。同様の汚染は、マスコミ全体に広がっているはずです。それは報道の「官報化」や、ある意図による「偏向報道」に繋がっており、マスメディアが発信する情報はまず、その意図を推察し、真偽を疑わなければならない状況となっています。

(勿論、マスメディアのジャーナリストの中にも、権力への批判を忌憚なく報道しようとしている方々はおられます。ただ、現在、少数であることは否めないと思います。)



さて、D様
私は先日、ある動画を観ました。それについて書かせて頂きます。
内容は、ドイツの新聞、FAZ紙の記者をしていたウド・ウルフコッテ氏の内部告発です。
※FAZ=Frankfurter Allgemeine Zeitung「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」

FAZは、ドイツの大手新聞社が発行する大衆紙で、その前身「フランクフルター・ツァイトゥング」は、ナチス政権下で発行禁止になっています。新聞社は、戦後再建され、FAZが発行されました。告発者のA氏は、この新聞社で17年間、記者を務めていました。この動画は、その間の偏向報道について語ったものです。

彼は、この中で、「自分が今まで書いてきた記事は、真実ではなく、アメリカのCIAによって干渉された虚偽の記事であった」と告白しています。記事の内容は、常に「親米・反ロシア」であり、CIAが用意した原稿に署名しただけの記事もあったと言います。それは、ヨーロッパを始め、世界中の新聞に転載されたのですが、彼はその記事に書かれた情報は、何も持っていませんでした。つまり、CIAがアメリカにとって都合の良い記事を用意し、まずFAZに載せ、その後、各国の記者たちを使って世界中に流したということになります。FAZの記者たちは、アメリカ寄りの記事を書き続け、CIAから何らかの形で支援を受けていました。A氏自身も、アメリカのオクラホマ市の名誉市民の処遇を受けていました。

こうした、CIAによるメディア工作は、新聞ばかりではなく、雑誌、テレビ、ラジオなどでも行われており、これらのジャーナリストたちも、アメリカ寄りの報道に協力させられていると彼は言います。

記者たちは、様々な形でCIAから買収されていたのですが、それを断れない状況があるのも事実で、報道は、その逃げ場のない網の中で操られているとも言えるでしょう。彼は、「私たちは、報道の自由がある民主主義国家に生きているのではなく、報道の後進国に生きている」とも述べています。

そして、ウド氏は、メディアが国民を戦争へと誘導していることを憂慮しています。
「私は、ヨーロッパで新しい戦争が起こることを非常に恐れています。再び、そのような状況を迎えたくありません。なぜなら、戦争というものは、ひとりでには発生しません。戦争を推進する人が常にいます。それは政治家だけではなく、ジャーナリストたちもそうです。私たちは、戦争を推進するために読者を裏切って来ました。しかし、私はもうこれ以上、関わりたくありません。このプロパガンダにうんざりしているのです。」 と ー。

ウド氏は、この告発に相当の覚悟をもって臨んだようです。
「私は、今までに6回、家宅捜索をされ、3回の心臓発作を起こしています。子供はいません。真実を語り、刑務所送りになっても構わないのです。」との言葉を、最後に添えています。


D様
この動画の制作年は不明なのですが、かなり以前のものと思われます。というのは、YouTubeにもう一つウド氏のインタビュー動画が存在しているのですが。こちらは、上記した動画の中のウド氏より、年齢がかなり上に見えます。彼は、最初の告発からずっと、ジャーナリズムのこの問題に取り組んでいたと思われます。

ウド氏が告発した問題は、勿論、日本のメディア界の問題でもあります。折しも、この3月、ニュース番組「報道ステーション」で、政府批判をしていた古賀茂明氏が、番組を降坂させられるという事態が発生じました。政治家が、政治への批判を封じるために番組に介入したとすれば、民主主義を標榜する国としては、あるまじき問題で、事実の検証が不可欠なのは言うまでもありません。



さて、D様
FAZ紙のウド氏の発言内容を鑑みれば、マスメディアは「プロパガンダ機関」であると言わざるを得ません。その手法は、世論を一定方向に誘導する「歪曲」や「虚偽報道」のほかに、「事実の隠ぺい」があります。マスメディアには、報道のタブーが常に存在しているのです。その領域にある事実には、「報道」という光が当たることはありません。それらは隠花植物のように、ひっそりと、薄明りの中で生息しているのです。しかし、注意してウェブ上を検索すれば、そのタブーの領域に置かれている事実が見えてきます。次に取り上げる動画も、その領域にあるものです。


この動画は、昨年10月末にYouTubeに公開されました。バリー・トラウワー氏へのインタビューを録画したものです。バリー・トラウワー氏は、イギリス保安局に諜報部員として勤務していた科学者です。主にスパイ容疑者への尋問や、マイクロ波に関する研究に携わっていました。

この動画の中で、トラウワー氏は衝撃的な事実を語っています。
マイクロ波兵器、人体へのマイクロ波照射、CIAのMKウルトラ計画、人体へのマイクロチップの埋め込み、HAARPと生物兵器、政府と科学者による嘘とねつ造、情報産業との癒着による事実の隠蔽・・・これらの事実は、上記した「隠花植物」として存在しています。

まず ― 。
バリー・トラウワー氏は、マイクロ波の人体への照射について数例を語っています。

① モスクワの米大使館へのマイクロ波照射
 当時、モスクワの米大使館の職員たちに、乳ガンや小児ガン、その他のガンが多発したことがあった。何度か職員を交代させたが状態は変わらなかった。調査したところ。大使館職員たちに対し、マイクロ波が照射されていることが判明した。しかし、米政府はこの事実を公表しなかった。これらの国民を実験台にして、マイクロ波兵器の開発をしていったのだ。

② 米軍基地前でのマイクロ波照射
 イギリス国内の米軍基地に、ミサイルを配備することを女性グループが反対していた。彼女たちは、基地の前で抗議活動を行なった。その抗議は平和的なもので、基地の前にキャンプを張る程度のものであった。

しかし、のちになり、彼女たちに対し、米軍基地からマイクロ波が照射されていた事実が判明した。そして、その後の調査で、この女性たちには通常ではあり得ない比率で、腫瘍が発生し、人格が変容し、自殺衝動に駆られるなどの症状が表れていたことが分かった。(あるパルス周波数を人に浴びせると、自殺衝動に追い込まれることが分かっている。) また、彼女たちは気力がそがれ、寝転びがちになっていた。

※特定の精神疾病を起こしたい場合、対象者を追い回すことが可能な小型のマイクロ波機器を使い、特定の臓器・脳の特定部分・目・心臓等に照射することが行われている。

③ 妊婦や子供へのマイクロ波照射
 妊婦へのマイクロ波の照射は、1回の実験で57.7%の流産を引き起こした。また、4歳の子供の子宮にマイクロ波やISDを混ぜ、照射した例もある。4歳の子供にマイクロ波をビームするなんて、人間として最悪の行為だ。実験で苦しみを与え続け、死に至らしめたのだ。


D様
ここまで読まれて、お気付きになったと思いますが、組織犯罪の被害者たちが訴える「電磁波の照射」は、「妄想」や「作り話」ではなく、現実に行われている事実であることをトラウワー氏は語っているのです。また、同氏は「音声送信」についても話しています。音声送信は、ごく簡単な技術であり、対象者にどんな音声でも・・・神の声でも、悪魔の声でも、天使の声でも、聞かせることができるのだと ー 。

集団ストーカーと呼ばれる組織犯罪において、これらの被害を訴えた被害者は、「精神疾患者」とされて来ました。精神病院に強制入院の措置がとられた例も少なくありません。被害者の人生は、その手法で抹殺されて来たのです。この犯罪の悪辣さがお分かり頂けると思います。そして、現在も「音声送信」や「電磁波照射」の苦痛の中にいる被害者は、日本国中におられます。組織犯罪の加害手口は、この2種だけではなく、被害者は、重層的に行われている加害行為の中で、壮絶な苦痛の日々を送っているのです。


D様
バリー・トラウワー氏の話はまだ続きます。
それを次回に書かせて頂こうと思います。



不順な天候が続いています。
ご自愛くださいますよう。

            2015.4.10      万留子



◎バリー・トラウワー氏 インタビュー動画
https://www.youtube.com/watch?v=EJluXfJQCuk&feature=player_detailpage

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(118) 盲点を突いた侵入手口

桜
グレーの雲が空を覆い
町の色をくすませているけれど
耳を澄ませば、春のざわめきが聞こえてきます・・


D様

昨年12月に、このKY市に移り住んで以来4か月が経ちました。
この地の桜も開花し、見頃を迎えようとしています。

震災以前に住んでいたTM町 ― その家の庭に桜の木があるのですが、もう咲いているだろうな・・と思いを馳せています。桜は震災の3年前に夫が植えたものです。桜の木は育つのが早いので、もういっぱしの枝を伸ばしていることでしょう。成長の過程が見られないのを残念に思っています。

とは言え、TM町の家には、いい思い出はありません。
TM町は、福島第一原発と第二原発に挟まれている町です。私の家は第一原発の10キロ圏内で、第二原発の5キロ圏内に位置していました。町の財政は、当然、原発なしでは成り立ち得ず、町には原発を否定することをタブーとする空気が流れていました。更には「原発反対」などと言い出す者はいないかと陰険な「監視システム」が稼働していたのです。

それは、公安Kを主軸とし、町の至るところに配置された協力者たちで構成された「異物排除システム」だと言えます。これは、社会が未認知のハイテク機器を用い、町全体を包括する規模で行われていました。このシステム維持に必要なターゲットとして、町には常に「被害者」が存在していたのです。私が「組織犯罪」と呼ぶシステム ー その中で私はもがき続けていました。

東日本大震災は、皮肉にも、私が願っていたTM町からの脱出を実現してくれました。しかし、この犯罪システムは、この国すべてをも包括しています。私はそれを避難してすぐに実感させられました。避難したYZ市でも、この「異物排除システム」は常にターゲットを求め、密やかに稼働していたのでした。(この山形県YZ市でのことは、今までに何度も書いていますが、今後も折をみて書きたいと思っています。)


さてD様
現在、私が住んでいるのは、原発避難者のために建設された集合住宅です。4階建てで20世帯が入居しています。原発避難者のための住宅は、福島県内の各地に建てられ、今も建設中の所がいくつもあります。竣工順に入居者の募集があるのですが、私と夫は、故意か偶然か抽選に当たり、現在、入居中というわけです。(抽選はパソコンで行われ、開場のスクリーンに番号が出るだけですから、作為の入る余地はいくらでもありました。)

D様
この集合住宅に入居しているのは、かつてTM町に住んでいた人たちなのですが、入居者同士の交流はほとんどありません。私はすぐ隣の部屋の住人と、4か月の間に2度しか顔を合わせていません。互いの部屋のドアは1メートル余りしか離れていないにも関わらずです。

※この集合住宅の建物の設計は少々変わっています。隣宅とのドアの間隔が1メートル余りしかなく、その分、その他の部屋のドアは見えないほど離れています。つまり、隣宅以外は、住民同士の付き合いがしにくい設計なのです。ドアの位置も、外側からは見えにくいところに配されています。

※組織犯罪の被害者の立場から見れば、もし隣家が協力者である場合、実に都合が良い設計になっていると言えます。侵入しやすいし、外側からはまず見えません。見られたとしても、体を少しずらせば自分の部屋のドアの前ですから、怪しまれることはありません。このような公営住宅の場合、組織犯罪の実行に適宜な設計にすることは、充分あり得ることだと思います。


さて、D様
住人同士の交流ですが、月に1度のペースでその機会があります。
避難者をサポートするボランティア団体が、住民たちに呼びかけて親睦会を開くのです。建物に併設されている集会所で行われるお茶会なのですが、今までに4回、開催されています。
この親睦会は、ここに住む住人を知る良い機会になりますので、私は毎回参加していました。ただ、参加するのは20世帯のうち7~8人程度で、毎回同じような顔ぶれなのです。それでも、他愛のない話の中から、近隣のことや、生活上の様々な情報を得ることが出来ています。

3月初めに開かれたこのお茶会でのことですが ー 。
雑談中に、1階に住むISさんたちの話が耳に入ってきました。
「まだ、建てたばかりなのに、ドアが外れるなんてねぇ。チェーンも外れるし。」

ドアが外れる・・ドアチェーンも・・?
私は思わず、その話に割り込みました。

「ドアが外れたって、どういうことなの?」
「OWさんの部屋なんだけど、ドアが外れたのよ。この間、業者が来て直して行ったって。」
「どうして、外れたの?」
「分からないけど・・風のせいなのかなって。」
「ドアチェーンも外れたって言うけど、付いているのはU字ガードでしょ?」
「そうじゃなくてチェーンなのよ。チェーンが外れるの。」
ISさんは、隣の人と笑い合うのでした。

何のことだろう?・・・
1階の部屋のドアは、U字ガードではなくチェーンだと言うの・・?

私は、その内容を詳しく訊きたかったのですが、二人は何の問題意識もなく「安く建てたんだねぇ。」などと笑うばかりなので、それ以上の質問は無理でした。


D様
ここの建物は、もちろん鉄筋造りです。各戸のドアも鉄製の頑丈なものが取り付けられています。そのドアが、風が吹いたくらいで外れるわけがないのです。私は、ある推測が頭に浮かんでいました。

昨年11月、私は東京のホテルに2週間ほど滞在しました。夫が心臓の手術で入院したため、付き添う必要があったのです。「ドアが外れた」という言葉は、この滞在中の出来事を思い起こさせたのでした。私は、この組織犯罪の被害者であることに気付いてから約7年になります。以来、様々な加害行為を受ける中で、この犯罪の手口が見えて来ています。ホテルに滞在する時も勿論、要注意であることは分かっていたのですが・・・。

ます、3年ほど前のことです ― 。
所用で仙台市のホテルに泊宿泊したことがありました。私は、その時、つい油断をしてしまったのです。ドアのU字ガードを外せないように細工をし、それだけで就寝してしまいました。この組織犯罪においては、それだけでは不十分なのです。

そして、翌朝 ― 。
目覚めた時、私は異様な疲れを感じていました。喉が渇き、肌が渇いていました。髪の毛の水分すら抜けたかのようにパサパになっていました。ホテルのエアコンによる乾燥というレベルのものではなかったのです。寝起きという感覚ではなく、体内のミネラルをすべて失ってしまったかのような倦怠感 - それが全身に広がっていました。鼻の奥に違和感があり、鼻をかんだところドロッとした血の塊が出て来ました。一晩中、何らかの電磁波が照射されていたとしか考えられませんでした・・。

D様
あなたは「そんなことが出来るのか?」などという、小学生レベルの質問はなさらないはずです。

電磁波の照射機 ― 現在、それらの機器は、日々進化していて小型化しています。インターネット上には幾種類もの製品が紹介されており、購入すら可能のようです。ネット上でこれだけポピュラーになっている機器ですから、水面下では更に進化し、小型化していると推測されます。例えば、それをシーリングライトやテレビの内部に埋め込む ー それは当然可能だろうし、とっくに実行されていると私は考えています。

東京のホテルに滞在した時も ー。
私は就寝前に、入口のドアや窓の開閉が出来ない細工を施していました。浴室の天井の作業孔の蓋のをテープで留め、更に、開閉すれば分かるように、ティシュペーパーを細く切ったものを貼り付けることもしていました。またテレビは、就寝する際は窓側に向けていました。(テレビ受像機には、盗聴・盗撮の機器も入っている可能性が大だと私は考えています。)

通常では考えられない用心深さであると、自分自身でも思います。しかし、この組織犯罪の被害者者にとっては、最低限度、必要なことなのです。加害者たちは、どんな方法を使っても侵入して来ます。

ある日、私は病院からホテルに戻り、部屋のドアを開けました。
ドアの開閉の感じが微妙に違うのを感じましたが、ロックは正常にかかりましたし、気のせいなのだろうと思いました。しかし、数時間後、それは気のせいではなかったことに気付かされました。

就寝前、私はいつものように、ドアのU字ロックが外れない細工をしました。その時、私はふと、ドアの上部に付いている開閉装置に視線が行きました。なぜか気になったのです。私は、部屋に備えてあったデスクチェアを持って来て、その上に乗り、開閉装置を見てみました。そして連結部分の留めネジが今にも外れそうになっていることに気付いたのです。

ドアの下の隙間から、何らかの道具を入れてドアを揺すれば外れてしまうような状態でした。ネジの頭に付いていたと思われるカバーは完全に外れ、装置の水平部分の置いてありました。誰かが留守の間に工作したとしか思えないことでした・・・。

通常、防犯に注意を払う人間でも、ドアノブの反対側まで気にすることはないと思います。そこは蝶番でしっかり固定されていますし、外側からは外せない構造になっています。しかし、そこに何らかの細工を施し、外せるようにすれば、侵入することが可能となります。そして、この組織犯罪においては、それぐらいのことは躊躇なくしてしまうのです。侵入した痕跡を消すことも忘れません。U字ガードやドアチェーンが外部から簡単に外す手口は、すでに社会に広く流出していますが、盲点を突いた不法侵入の手口だと言えるでしょう。

さて、D様
私は、その外れそうなネジを、指で回し固定しました。そして、タオルを使い更に堅く閉めたのでした・・・。

3月初めのお茶会で ― 、
「ドアが外れた」との話題は、私に東京のホテルでの、その件を思い出させたのでした。この集合住宅には、被害者を取り囲むように、組織犯罪の加害者や協力者が配置されているはずです。ターゲットとされる被害者は建物内に1人だけとは限りません。ドアが外れたというOWさんがそうだとの断言はしません。しかし、新築の鉄筋構造の建物のドアが、簡単に外れるはずもなく、通常では起こり得ないことであるのは確かです。



花冷えの候です。
ご自愛くださいますよう。

         
2015.4.3    万留子



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