小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(99) 「水上花火大会」での出来事

D様

東京の空が、こんなに澄んでいたとは思いませんでした。
朝、ビルの谷間から見えた空は、遥か高く・・青い空でした。

枯れようとする景色はなく、冬支度にいそしむ人もなく、
稲穂の微かな匂いもないのだけれど・・・、
この空は、確かに私の住む町へと続いています。

秋の黄昏が速いのも変わらず ー 。
私は今、ひとりホテルにいて・・あなたへの手紙を書いています。


D様
昨日、大動脈瘤の手術した夫の容態は、安定しています。病院の看護体制は万全で、私の居場所はありませんでした。思いがけず時間的な余裕ができ・・・有効に使おうと思いつつも、結局、ホテルに帰りボーッとしていただけでした。そして、アッと言う間に日は暮れ・・今、ようやくパソコンに向かいました・・。

早速、前回の続きを書かせて頂きます。

水上花火大会の当日 ― 私と夫、そしてMSさんの3人は会場を訪れました。
広い会場には、大勢の人たちが、それぞれ三々五々にシートを広げ座っていました。

見渡すと、観覧には絶好の位置にブルーシートが敷かれていました。50人は座れる ー と思えるほどの広さです・・・が、誰もいません。私たちは、そのシートの前の位置に陣取りました。

「何か、敷くものを持ってくれば良かったね・・。」
私は夫に言いました。芝生の上に座るのは、とても気持の良いものでしたが、衣服に草のシミが付くかも知れないと思ったのです。

すると、私の言葉を耳ざとく捉えたMSさんが ー、
「とりあえずシートの端に座ってましょう。」
確保した「主」が来たら、よければいいと言うのです。

間もなく始まるというのに、誰一人いない広い空間・・・それは回りの賑わいと対比し、奇妙な光景を作り出していました。よほど大きなグループが確保しているのだろう ― と思いました。

私たちは、シートの端にお尻を乗せて、缶ビールなどを飲み始めました。
花火を打ち上げる前のアトラクション - 女の子たちのダンスや、地元の人の歌が終わり・・・松岬公園に夕暮れが迫りつつありました。

私たち3人は、談笑をしながら花火が上がるのを待っていました。その時 ―、
「すみませんが・・。」
との声がしました。振り向くと、警備員の制服を着た男性がいました。腰をかがめて何か言おうとしています。

「何か・・・?」
私が問いました。
「あの、この場所はある会社の人が確保して置いた場所なので・・。」
つまり、「ここに座るな」と言うのでした。
「会社ってどこ・・・?」
私は、すぐにはどかずに訊いてみました。
「えっ・・・えーと・・ちょっと待って下さい。」
警備員は、自らの意思で言いに来たのではなく、誰の指示で来たのでした。すぐには答えられずに、また戻って行きました。
それにしても、なぜ、私たちがその関係者じゃないと分かったのだろう・・・?

警備員は間もなく戻って来ました。そして、
「LFという団体だそうです。」 と、言うのでした。
「来たらどきますから、大丈夫ですよ。」
私がそう言うと、まだ新米らしき警備員は、返す言葉もなく帰って行ったのでした。

会場が混んでいるのに、絶好の場所に広く陣取って・・しかも誰も来ない - 。
端に少し座っているくらいはかまわない ー と思いました。
しかし、夫とMSさん・・・連れの男性2人は、途端に居心地が悪くなったようでした。

「アレッ・・・こんなところにゴザが・・。」
MSさんが、丸めたゴザを見つけました。人の合間に転がっていたのです。辺りにはもう、そんなゴザを敷くスペースはありません。いつからあったのか・・気付きませんでした。
「誰かが捨てて行ったのでしょう。お粗末なゴザだけど、敷かないよりはマシかな。」
MSさんは、ブルーシートに接する位置にそれを広げました。

私は一応、回りの人たちに声をかけ。持ち主を探しました。・・が、誰もいませんでした。私たちは、ゴザへと移動しました。

夏の日はようやく暮れ・・・ 一発目の花火が上がりました。
名残り陽に・・透明な藍色のスクリーンを張ったような空 ―。
会場が歓声でざわめきました。そして、どこからか拍手の音 ― 。

ヒュルヒュルと花火が上がる音、空に広がる光の花、火薬がはじける音・・。
私も夫も、会場を訪れての観覧は久しぶりでした。

花火は次から次に打ち上げられました。合間に読み上げられる花火名とスポンサー名・・・ ですが、MSさんの名前は一向に読み上げられませんでした。
「一番小口に出資だから・・・。」
NSさんは苦笑いするのでした。

プログラムは進み・・・打ち上げ予定数の3分の2ほど終えた頃 ー 私は、ふと、後ろを振り返りました。そして、驚きました。ブルーシートの上には誰もいません・・・。絶好の場所をこれだけ占拠しておきながら、一体どういう人たちなのだろう?
私は不審に思いましたが、また、花火を見上げることに夢中になったのでした。

「ア、 これだ。」
突然、すぐ傍で大きな声が聞こえました。振り返って、声の主を見上げると30代後半とおぼしき女性でした。子供を抱いています。髪を赤茶色に染め、「甚平」と言うのでしょうか・・浴衣を短かくした上衣と、同柄のヒザ丈のパンツという格好でした。

「そのゴザは私のだよ!」
彼女は私を見下ろし、そう言いました。そして、いきなり私たちが座っていたゴザの端をめくり上げ、「ホラ、名前が書いてある」と言うのでした。

突然のことに、私は慌てました。そして、二人の男性に立つように促しました。
「すみません。ここに置いてあって、持ち主が居なかったのでお借りしてました。」
私は、ゴザを丸めて彼女に返しました。

「勝手に使ってんじゃないよ!」
女は、急に怒鳴り出しました。
私が唖然として顔を見ると、般若のような形相でわめいています。
見れば、5~6人の女のグループです。子供を抱いている人も2~3人いました。

一体この人たちは何なのだろう・・・?

私の連れの男性二人も、あっ気に取られて女たちを見ていました。
「勝手に使ってすみませんでした。」
私は再度、謝りました。

「何だよ、お前!」
そう言うなり「般若」は、私の髪をワシ掴みにしました。子供を抱きながらですから、驚くほかありません。子供は「抱き紐」を使用していましたので、両手を使おうと思えば使える状態だったのです。

それを合図に、他の女たちも一斉に私を攻撃し始めました。
髪の毛を引っ張られ、腕をつかまれ、蹴飛ばされ・・一人、すごいデブがいたのですが、その女は私の足の上に全体重をかけ身動きできないようにしていました。

私の連れの男性二人は、必死に止めに入りました。
しかし、相手は女たちで子供を抱いているのもいます。手荒なことはできません。
それを見透かしてか、女たちは力の限り攻撃して来るのでした。

D様
彼女たちは、放って置いたゴザを使われただけです。何故、このような暴力を振るう必要があるのでしょうか? 古びたゴザ1枚 ー 私たちは、持ち主が現れた時点で、すぐに立ち上がり、それを返しています。私だったら、「お楽しみ中にすみません」と、こちらから謝ったことでしょう。それが、そんなもののために5~5人でやって来たとは・・?

ゴザには、確かに大きく名前が書かれていました。古びたゴザですが、黒々とはっきりと書いてあったのです。敷く時は気付きませんでした。いつの間にか、そこにあったゴザ・・そして、不可解なほどの暴力・・。

私は、寄ってたかって暴力を振るわれながら、不可解さを感じていました。
そして、あるキーワードを口に出してみたのです。

「このS会のあばずれどもが ー。」

私は、回りの観客たちに・・(この様子を唖然としてみていたのですが)、十分聞こえるような大きな声で言いました。品のない言葉だとは分かっています。・・が更に叫びました。
「手を離せよ、このS会のズベ公ども ー。」
とたんに女たちの手から、力が抜けて行きました。そそくさと元のように集まり、去ろうとした ー その時です。
「どうしたんですかぁ?」
警察官でした。誰かが通報したのでしょう。会場内にいた警官が駆けつけて来たのでした。

女たちは、警官から事情を訊かれ始めました。見ると、猫をかぶり、神妙な顔で話しています。
10分ほど話した後、警官は私の方に来ました。
「ゴザのことは聞きました。勝手に使ったのはまずかったですね。」
「それは、こちらの落ち度です。でも、だからと言って、寄ってたかって暴力を振るうことはないでしょう。」
「あなたが先に手を出したと言うことですが・・。」
女たちは嘘八百を並べ立てたのでした。

「冗談じゃありません。私は最初から最後まで座っていました。相手は見ての通りの大人数ですよ。私は、立ち上がることも出来ませんでした。先に手を出せる状況ではないでしょう。それに、回りの人たちは一部始終を見ていたはずですから、訊いてみて下さい。」

警察官はまた、女たちの所に行きました。そして10分ほどで戻ってきました。
「向こうは、警察沙汰にはしないで、終わりにしたいと言ってます。」
暴力を振るうだけ振るって、終わりにしたい・・・?
「納得できません。被害届けを出させて頂きます。」
「双方から、いろいろと調書をとることになりますが ー.。そうする場合は、明日に署まで来て下さい。」
「分かりました。お伺いします。」

翌日、私の体のあちこちに青黒いアザが出来ていました。特に左の上腕部には、暗紫色の大きな痕がくっきり - よほど力づくで掴んでいたのでしょう・・。

.私は夫に、「病院に行って診断書を取って来る」と言いました。しかし、夫は薬箱から湿布薬を取り出し、警察沙汰にはするなと言うのでした。ああいう連中とは、もう関わりたくないと ー。言われてみれば、もっともなことでした・・・。


D様
ゴザ1枚での騒動でした。
都合よく目の前にあった古びたゴザ・・・黒々と書かれていた名前・・ やって来た大人数の女たち・・・有無も言わせぬ暴力・・。不可解さは、今も残っています。


さて、D様 ―。
私が東京のホテルに滞在して4日目になりました。
道に不案内で、人に尋ねることも度々です・・・・。
次回は、そのことを少し書きたいと思います。

寒暖の差が激しい天候が続いています。
どうかご自愛下さいますよう。

                   2014.10.28  万留子


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(番外) 都内のホテルより

このメッセージを東京都内のホテルから書いています。
京成線沿いの下町のホテルです。

夫が昨日、葛飾区の病院に入院しました。
明日、手術が行われます。1週間前に27日に手術という日程が決まったのですが、急遽、明日に変更となりました。私は、付き添うために病院近くのホテルを取ったのです。

昨日からの宿泊ですが、戸締りは厳重にしています。
部屋のドアに、「U字ガード」が付いていますが、そんなものは外側から簡単に外せます。その手口は、インターネットで知ることが出来ます。

また、部屋が上階にあるとしても、この組織犯罪においては容易に窓から侵入します。また、バスルームや室内の通気口なども、当然侵入口となります。それを防御はしたつもりですが、万全だったとは言えないと思います。盲点があるかも知れません。それでも、昨夜は疲労困憊のせいで熟睡することができました。

・・が、早速、不審なことがありました。
今朝、8時半頃に部屋を出て、フロントに荷物が詰まったキャリーバックを預けました。連泊なので、通常であれば部屋に置いておくのですが、ホテルの都合で「今日は別の部屋になる」ということなので、そうしたのです。

そして、今日、ホテルに戻ったのは昨日と同じ6時頃 ―。
ホテルに入ると、フロント担当者が「預かった荷物は、今日の部屋に運んでおきました。」と言うのでした。
部屋に入ると、確かに荷物が置いてありました。

しかし、私は一目見て、バッグが開けられたことが分かりました。
私は、荷物を預けるに際して、ファスナー部分をすべて、厳重に荷紐で縛り、さらに、ポリエステル製の黒い紐で要所を開かないようにしておいたのです。そして、それを写真を撮ってから、フロントに預けました。(この組織犯罪の被害者は、常にこれくらいの用心はします。)

それが、私の結び方とは微妙に違っていたのです。元の状態を復元しようとしたのでしょうが不完全でした。さらに、ポリエステル製の黒い紐は、鋭利な物をあてられた状態で切れかかっていました。荷物が開けられたことは確かでした。

私は、慌ててバッグを開けました。そして、中のパソコンやビデオカメラなどの状態を確認しました。幸い作動に問題は出ませんでした。・・が、今後、何か異常が出る可能性はあります。。

こうして、書いている間にも、先ほどは部屋の天井の方で、ゴトゴトと大きな音がしていました。私が、ガムテープを投げ付けてみたところ、一瞬、音は止みましたが、またしばらくすると同じ音 ― 何をしていたのでしょうか・・・。

被害者の回りには、いつも組織犯罪の加害者がウヨウヨしています。
このホテルには、少なくとも、あと10日位は滞在することになるでしょう。出来る限り、今、起きていることを発信して行きたいと思います。不定期になると思いますが、ご訪問頂ければ幸いです。

               2014.10.26   万留子


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今日予定していた記事の更新について、コメント欄からメッセージを発信しました。
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よろしくお願い致します。

(98) 大雪りばぁねっと事件、そして、花火大会にて(vol.1)

D様

西の空を、灰色の雲が覆っています。
雲は、山の尾根までに低く垂れこめ・・雪の季節を思い起こさせています。
刈り入れが終わり、この地はもう冬支度 ― 。
もみじは・・冬の落葉を知りつつも、今、赤く輝こうとしています。


さて、D様
「大雪りばあねっと」というボランティア組織をご存知でしょうか?
東日本大震災の年、岩手県山田町で復興支援事業を行ったNPO法人です。

「山田町」と「復興支援事業」・・この2つのキーワードは、ある事件を思い起させたはずです。国の復興資金を食い物にした業務上横領事件 ー 山田町の復興資金12億円余は、あまりにも杜撰に、この法人に丸投げされていたのでした。

今日はまず、この事件を追ってみたいと思います。

まず、事件の発端から ー。
「大雪りばぁねっと」の代表理事である岡田栄悟氏は、東日本大震災の約2週間後に会員2人を伴い、山田町に現れました。そして、「山田町復興支援隊」を組織し、ボランティア活動を始めました。主に行方不明者の捜索を手伝っていたようです。

当時の山田町長(沼崎喜一)は、岡田を信頼し、町の特別職に就任させています。そして、同年5月には、町の被災者雇用創出事業を「大雪りばぁねっと」に委託する契約を結んだのでした。多額の資金が岡田代表に託されました。(岡田氏が山田町に現れてから、わずか2か月後のことです。)

岡田栄悟とは、どんな人物なのか ー。
岡田は、北海道旭川市の出身で1979年生まれ - 地元の小中学校を卒業後、定時制高校に入学。高校を卒業後は建設会社に就職し、その後、海産物問屋の経営にあたっていたようです。

17歳の時に、水難事故にあった幼児を救助し、消防署から表彰を受けています。また、2001年に窃盗容疑で逮捕された経歴もあります。そして2005年に地元旭川市でNPO法人「大雪りばぁねっと」を設立しました。

この法人の活動は、石狩川の川下り体験イベントや、消防や警察への水難救助訓練の指導などでした。「大雪りばぁ」の運営資金は、これらの指導料があったと思われますが、詳細は不明です。

また岡田代表は、「大雪りばぁ」の事務所として借りていた部屋の家賃を、難癖をつけて支払わない状態が続いていました。家賃の滞納はこればかりではなく、知人女性に借りていた部屋についても同様で、金銭的に困窮していたか ― あるいは、ルーズであることが窺えます。(※以上の経歴は、インターネット上の情報によります。)

上記の経歴を鑑みれば、岡田は、多額の予算を任せるには値しない人物であることが分かります。また、町の復興へ向けた事業を推進していく器でもありません。それは、簡単な調査で分かったはずです。


さて、D様
当時 ― 山田町には、様々なボランティア団体が入り、支援活動が行われていました。町が、雇用創出事業を任せるにあたり、これらのボランティア団体や、町民からの登用という選択肢も含めれば、岡田代表との契約にこだわる必要はなかったと思われます。しかし、沼崎町長は何故か、この男に、町の重要な役割と、多額の復興資金を与えたのです。

岡田代表のやりたい放題が始まりました・・・。

岡田に任された予算は11年度が約4億3千万円、12年度が7億9千万円でした。(合計約12億円) 岡田は、この金を1年8か月ほどで使い切りました。2012年11月の時点で「大雪りばぁ」の預金残高は、わずか75万円となっていました。従業員たちの給料すら払えず、12月に137名全員を解雇するに至ったのです。

予算の使途については、知れば知るほど唖然とする内容となっています。

まず、「大雪りばぁ」は町の体育館を事業の本部にしていたのですが ー。
この体育館の改修費に1億3千万円が使われました。岡田は、軍隊式の組織運営を行い、自分を「部隊長」と呼ばせていたのですが、この体育館内に、厳重な扉を備えた「司令室」を作りました。扉を開けるには、オートロック解除の暗唱番号が必要で、幹部以外は出入りできないシステムでした。また、また、司令室内には、本棚をスライドさせると,和室が現れるという「隠し部屋」を作ったりもしていました。

さらには ー。
オカマショーのための舞台装置を作り、知り合いのオカマ達を招んでショーをさせたり ー この時は、出演者たちのためにに、羽毛布団を20組購入しています。

また、幹部たちにアルマーニのスーツを支給し、旭川に2千数百万円のマンションを購入し、必用のないヘリポートを建設し - 。また、「出張」と称して、家族旅行やイタリア旅行、高級料理店での豪遊、勤務実態のない身内への給料支給 ー

よくまぁ、公費をこれだけ大胆に使ったものだと感嘆せざるを得ません。。

一応、事業の体裁をとった例もあります。無料公衆浴場「御蔵の湯(おぐらのゆ)」です。・・が、この施設建設に1億円をかけ、1年間ほど運営しだだけでした。

さて、この復興予算の使途については、さすがに「縛り」はかかっていました。
つまり、50万円以上の物品の購入は出来ないのです。

岡田は、それをかいくぐる為に、石川県にリース会社を設立しました。
この会社に、「大雪りばぁ」が資金を出し、高額な水上バイクや救命ボート、ベンツ社の大型車両などを、次々に購入させました。そして、それをリースする形を取ったのでした。
つまり、高額なものを購入する便宜上、トンネル会社を作ったと言うことです。このリース会社(オール・ブリッジ)には、1億5千万円の資金が流れています。さらに、これに飽き足らず岡田は、旭川市にもリース会社を作り、同様に資金を流しています。この男の頭の中には、「金はあるだけ使わな損」というフレーズがリフレインしていたのでしょう。

D様
復興資金がこのように使われていったことを、山田町の幹部たちは知らなかったのでしょうか?

山田町は、人口が1万8千人ほどの小さな町です。雇用されていた町民は140名近くいたのですから、岡田の傍若無人な金の使い方が噂にならないはずはないのです。町役場や議員たちが「何も知らなかった」というのは通りません。事件発覚後、ある従業員は「岡田代表のやり方には、疑問を感じていましたが、逆らえば『やめろ』と言われるし、どうしようもなかったと言っています。

山田町は、事件解明を求める町民の声が大きくなっていく中で、「百条委員会」の設置が急がれました。・・が、どういうわけか、反対する町議員が多く「第三者委員会」を設置するにとどまりました。

「百条委員会」には、調査権限がありますので、証人の呼び出しや、資料の提出を求めることが出来ます。求められた側が、理由なくこれを拒めば罰則規定もあります。しかし、第三者委員会」には強制力がなく、現に、事情聴取のため岡田を招へいした際、出席を拒否されています。

岡田に対する町幹部の大甘ぶりは、事件発覚後も変わらないのでした。

山田町では、今も4,000人以上の人たちが仮設住宅で暮らしています。
家を流され、家族を失い、仕事を失い・・・それでも復興への道を懸命に歩んでいるのです。

岡田は今年2月にようやく逮捕されました・・・。


D様
今、私は、怒りと共に事件の概要を追ってみました・・・まだ書き足りてはいません。
ただ、この事件は知れば知るほど、やりきれなさが募ります。その「やりきれなさ」に疲れてしまいました。

一つだけ書き加えるとすれば、NPO法人やボランティア団体には、行政と妙に「仲良し」の人間がいるということです。
私は、震災後、あるNPO法人の事務職に就いた時期があったのですが、折々に実感しました。機会を見て、それを書かせて頂こうと思います。



次に ー 。
前回の続きを書かせて頂きます。

一昨年の八月・・。
私は、このY市で開かれた「水上花火大会」を観に行きました。
お世話になっているMS氏が、小口のスポンサーになったとかで、誘って下さったのです。

夏の陽は傾いてはいましたが、暮れるにはまだ早い時刻 ― 私と夫は、MSさんと一緒に会場を訪れました。
会場は、Y市の中央に位置する松岬公園です。米沢城跡を含む広い公園で、レストランや土産物店、博物館などが併設されています。

会場の周りには、さまざまな露店が出ていました。
私たちは、そこでビールや缶酎ハイ、焼き鳥などを買いました。

観覧席は、公園内一面に貼ってあ芝生の上です。
すでに多くの人が陣取っていましたが、まだ空いているところは沢山ありました。

会場を見渡すと、前の方の絶好の位置に、大きなブルーシートが敷かれた場所がありました。シートの上には、50人位は座れるのでは ― と思えました。しかし、そこには誰もいません。シートの回りには、観客たちが三々五々に座っているのですが、その場所だけがすっぽりと空いているのでした・・・。


D様、この続きは次回に書かせて頂きます。
中途となり、お叱りを受けるかも知れませんが、前半が長くなり時間がなくなってしまいました。次回、冒頭に書くことをお許しください。


風が冷たくなってきました。
健康にはくれぐれも御留意くださいますよう ー。

                   2014.10.18  万 留子

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(97) バザーの行列に並んで

>D 様

落陽の透明な光が、遠くの山から降り注いでいます。
この地は、今、落ちようとする陽光に煌めいています。

風は・・・刈り取られた田圃の上を縦横に吹き渡り、
もう、遠くの山へと去って行きました。

穏やかな秋の日は、薄暮の時を経ずに暮れて行きます。



さて、D様
前回の続きを書こうと思います。

大震災の年の初冬 ―。
私はある行列に並んでいました。
震災から8か月ほどが過ぎ、被災者たちに、冬が巡り来ようとしていました。

その日、私は、被災者のためのバザーの会場にいたのです。市内のボランティア団体が主催するバザーで、定期的に開催されていました。

バザーには、全国から届いた援助物資 ― 衣類、食料品、日用品、寝具などが出品されていました。私は、冬用の寝具や衣類を手に入れようと、会場を訪れたのです。それらの物は、新品もけっこう揃えられていて、どれでも10円という超安価なのでした。

会場は、以前、何かの工場だったところで、所有会社の好意でお借りしていたようです。2カ月に1度くらいの開催でしたが、会場はいつもこの場所でした。バザー会場としての広さは十分なのですが、訪れる人の数が多く、入場に際しては、行列をある程度の数で区切ることが必要でした。

私が訪れたのは、その日が2度目 ―。
前回よりも早く家を出て来ていました。その甲斐あってか、私は長蛇の列の前の方にいました。

早く来た甲斐があった・・・

ざっと見て50番以内です。私は最初の区切りで入場できるはずでした。
行列に並ぶことを好まない私が、張り切って前の位置を確保したのには訳がありました。

前回の時、主催者は80人を一区切りとしました。
私は83番目だったらしく、2人前で入場を制限されてしまったのです。そして、私の前の2人のうちの1人が、すぐ前に入場したグループと一緒だから・・と、入って行き・・・私は、前から2番目という状態で、次の入場とされたのでした。惜しいところでした。

今度は早く来よう・・・私は、そう思ったのです。
「10円バザーでそうムキにならずとも ー。」と苦笑されたでしょうか?


さて 、その日ー。
「お待たせしましたぁ。時間になりましたので、開場しまーす。」 
行列に並んでいた人たちに向け、係り員が声を張り上げました。
その声を合図に、列が動き始めました。その流れと共に、私は歩を進めました。

列の前の方が続々と会場に入って行き、私も入口に差しかかりました・・・。
「ハイ、ここまで!」

私は、動きを止められました。・・そして唖然としました。
また私の2人前で入場が制限されたのです。

私は思わず、係員に入場した人数を訊きました。
すると「40人です。」との答えが返って来ました。

40人・・? 前回は80人だったのに・・・?
会場の大きさ、そして、並んでいる人数を鑑みれば、40人は少な過ぎます。

私は、前回より少なくなった理由を、入口前に立っていた係員に尋ねました。
すると・・、「混み合って、怪我などをしたら大変ですから ー。」 

前回、80人で何か問題があったとでも言うのでしょうか・・・?
ものすごい混乱になったとか、怪我人が出たとか ― そんなことはありませんでした。何の問題もなかったはずです。また、その日も、長い行列が続いていたのですから、そんな人数で区切れば、後方の人たちを長時間待たせることになってしまいます。

D様 ―。
40人という数字はどこから来たと思われますか?
いかにも中途半端な数字です。せめて「50」という区切りの良い数字にしなかったのは、何故なのでしょう・・・私は43番目にいました。 


さて、バザーはその後も定期的に開催されましたが、私は、、しばらく行列に並ぶことはありませんでした。主催団体に協力する立場となった事情からです。

そして、今年の7月 ―。
私は、久しぶりにバザーの列に加わりました。もう順番を気にすることなく、自分のペースで会場を訪れました。ですから、私は列の後ろの方に位置していました。私の後は、数十人がほどいだでしょうか ー 。

開場時間となり、列が動き始めました。私は、当然、1回目では入れない位置でしたので、流れのままに、動き、立ち止まり・・を繰り返していました。
そして、入口が近づき、私の前の人が入り・・・私も・・・。
その時でした。

「はい、ここまでです。」
私は、ボランティアの係員から制止されたのでした。今度は121番目ということで・・・。

D様
これは、偶然なのでしょうか? しかし、確率的には、まずあり得ないことだと思います。ある意図が働いたと見るのが妥当ではないでしょうか。いずれの場合も、係員は私の前で区切りました。しかも、何の問題も生じていないのに、その都度、区切る人数を変えたのでした。私が立っている位置を見て、区切る人数を決めていたとしか思えないのです。人数にしても、正確に計っていたのかとの疑念が残ります・・・ 。

この組織犯罪の、ターゲットにマイナス感情を持たせる手口は多様であり、巧妙です。
私は、震災後に様々なボランティア団体と接して来ましたがが、このような集合体には、加害者が潜り込みやすいと感じていました。組織に入り込めば、協力者を誘導していくことなど簡単です。

D様
それでも、まだ「自分のところで区切られたのは、偶然に過ぎない。」と言われる方はおられると思います。ですから、もう一例「行列」のエピソードを挙げてみます。

以前、住んでいた富岡町での出来事です。
この原発の町には、当時、大型スーパーが2店舗ありました。一つは大手のスーパーチェーンのYB,もう一つは県内の浜通りでチェーンを展開していたFKです。

正月の料理にも飽きてきた頃でした。
私は、自宅から歩いて数分の所にある「スーパーFK」に出かけました。簡単な夕食の材料を買おうと思ったのです。店内は、正月気分の家族連れで賑わっていました。

私は買い物カートを押しながら、店内を巡っていると・・・。
突然、拡声器を持った店員が、福引きの宣伝を始めました。
耳に入った内容は「ポイント券2枚で1回福引きが出来る 」というものでした。

ポイント券というのは、買い物ごとにポイントカードを出し、一定の額が貯まると貰える金券のことです。3枚で千円分の買い物ができます。福引きは、そのポイント券2枚で1回引けるというものでした。金額にすれば1回666円ということになります。

私の財布の中には、ポイント券が2枚入っていました。
今年の運試しでも…・と思い、私はポイント券を出し、福引券1枚と換えました。

店内の設けられた「福引きコーナー」に行くと、すでに行列が出来ていました。前の方で福引機を回すガラガラという音が聞こえ、何かの当たりが出るたびに、店員がマイクでそれを告げるのでした。それと共に、威勢よく鳴らされるハンドベル ー。

私は、列の最後に並びました。私が福引券を手に入れたのは、締切間近だったようです。
やがて私は、列の長さと動きを見て、まだしばらく時間がかかると判断しました。そこで、買い物を済ませようと思いました。いずれにせよ、列の最後なのですから -。

買い物を済ませ列に戻ると、最後尾に親子らしい二人連れがいました。父親と4~5歳位の男の子でした。「トイレに行ったから、最後になっちゃったね。」 と、男の子が言うと・・、「残り物には福があるって言うから、当たるかもな。」と、父親 ー。j男の子は、福引機を回すのが待ちきれない様子でした。・・・ほほえましい親子でした。

列は順調に進み、やがて、その親子と私を残すだけになりました。
男の子が嬉しそうに父親を見上げ、前に出ようとしました・・その時、係り員がやって来ました。
そして、「はい、ここまでで、当たりはなくなりましたからね。」 と言うのでした。

当たりが無くたった・・・?
つまり、福引機を回しても、外れしか出て来ないということです。
男の子は、口を一文字に結んで黙り込みました。

今年初めの運試し ー 客の浮き立った気分に、この店は冷水を浴びせかけたのでした。
当たり商品が無くなったとしても、そっと別の何かを用意するべきでした。ガラガラを回し、その上で外れれば、「残念だった」と笑顔で帰れます。まして、ポイント券という代価を払ってする福引きです。

「外れると分かっている福引きなどありませんよね。」

私は、係員にそう言い、ポイント券を返すよう言いました。しかし、その係りの男は、なんだかんだと屁理屈を言って返そうとはしませんでした。私は、等外の商品を手渡されたのでした。

男の子は、「外れしか出ない」と分かっている福引機を回しました。
正月早々、私はやり切れない思いで店を出たのでした・・・。


D様
今になって私は思います。
係の男は、なぜ、あんなセリフを言ったのだろうと・・・。
「ここまでで、当たりはなくなりましたからね。」

もはや福引きとしての体をなさず、ポイント券の返却も拒否するなら、出すべき言葉ではないのです。黙ってガラガラを回させて、「はい、残念でしたね。」と、等外の商品を手渡せばいいのです。それが、客に対する思いやりというものでしょう。

そして、更に私は思います。
あのセリフは、最後尾に並んだ者だけに、放たれる言葉だったのではないのかと ー 。
私はあの時、行列の一番後ろに並んでいました。そして、その後、列を離れました。その間に、親子連れが並んだのです。彼らがトイレに行かなければ、そして、私が列を離れなければ、最後尾はずっと私だけのはずでした。

この組織犯罪の協力者は、社会の至るところにいます。彼らはグループ化し、被害者の行く先々で待ち受けます。何食わぬ顔でトラップを仕掛け、怒り、悲しみ、失望、嫌悪、あきらめ・・・被害者のマイナス感情を引き出していきます。

D様 ―。
私は、このお正月の福引きがそうであるとは言いません。
しかし、この犯罪の巧妙さ、悪らつを知る被害者としては、その疑念が時折、頭をもたげてくるのです・・・。


D様 ー。
今日は,もう少し、[ボランティア]について書こうと思っていました。しかし、ここまでがつい長くなってしまいました。次回以降に書かせて頂きます。

次回はまず、「花火大会での出来事」を書きたいよ思います。
花火を楽しんでいた私は・・・突然、髪の毛を引っ掴まれてしまったのです・・・・。


朝晩の冷えが、いっそう強くなって来ました。
ご自愛くださいますよう。

                    2014.10.10   万留子



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