小説・集団ストーカー「D氏への手紙」(新設)

この日本で行われている信じがたい犯罪・・・その実態を書き続けます。(最新の記事はこちらを御訪問ください。)

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(95)名古屋市のビラ貼り事件、 そして、隣人のこと(2)

D様

高く、澄み切った空が広がっています。
真綿をちぎり、無操作に放ったような雲・・・
ススキが砂色の穂を揺らしながら、その移ろいを見ています。

秋の陽は、まぶしいほどに田畑を照らし、足早に山へと帰って行きます。
明日もまた、こんな日でありますよう ー。
爽風の夕暮れ・・私はあなたへの手紙を書いています。


さて、D様
先日、朝のテレビ番組である事件が報道されました。
私はその内容に、朝から気が滅入ってしまったのでした。
                 (※「モーニングバード」テレビ朝日 24日放送)

それは、名古屋市内での「電柱ビラ貼り事件」です。
すでに知っておられるかも知れませんが、以下に事件の概要を記します。

今年の5月下旬、高齢女性の飼犬が行方不明になった。それを知った知人の女性2人が、
犬の捜索に協力し、情報を求めるビラを電柱に貼った。(名古屋市天白区内の10か所ほど)

その後、犬は無事に見つかったが、8月中旬になり、女性2人は別々に、愛知県警天白署から呼びだしを受けた。そして、ビラを貼ったことを取り調べられた。それは、3日間にもおよび、2人は、10指の指紋とDNAを採取をされ、足のサイズを調べられ、顔の正面、横、斜め、全身の写真を撮影されたのでした。

2人の罪名は「屋外広告物条例違反」とのこと ー。
「電柱、街路灯柱及びこれらに類するものに広告物を表示し、または、掲出物件を設置してはならない。」という条例です。この条例は、いわゆる「ピンク系」や「闇金融」などの営利目的のチラシの貼付を、阻止する目的に制定されていると思います。そういうものを、「その辺にベタベタ貼られては困る」ということです。

ですから、この条例には「適用除外」の規定が設けられています。「祭礼、又は慣習上の行事のために一時的に表示し、又は、設置するもの」は、違反となりません。つまり、町内のお祭り、町内会のバザーや運動会などの告知は対象外です。

一方、「行方不明の子供」「認知症の高齢者」「迷い犬、猫」などの情報提供を求めるチラシは違反となります。つまり、公共性の有無が分岐点となっているのです。

さて、D様
取り調べを受けた女性たちですが、 ・・高齢の知人ため、親身に犬を探して歩いたのですから、心優しい人たちなのでしょう。それが、重大な罪でも犯したかのような処遇を受けたのですから、大変なショックであったのは当然です。ご飯も喉を通らなくなったと言います。

ふたりは、名古屋市の市会議員・浅井正仁氏に相談しました。浅井氏は、条例の運用に疑問をもち、市議会でこの件を質問したのでした。そして、この件を公が知ることなったというわけです。

浅井市議の質問に対し、名古屋市の住宅都市局長は、「景観という公共の利益と、迷い犬などを捜す個人の利益を比較した場合、規制緩和を認める必要性や合理性はない」と答弁したのでした。つまり、景観を損ねるから、迷い犬程度で、電柱にビラを貼るな。」ということなのでしょう。

また、天白署は、二人を取り調べた事実を認めています。
「条例違反を取り調べて何が悪い」ということなのでしょう。


D様
この国はいつから、こんなギスギスとした国になってしまったのでしょう?
法律が、水戸黄門の印籠のごとく振りかざされ、その母体とも言える社会の常識が委縮しています。

この事件は、貼り紙を見て、警察に通報した者がいたのが発端となりました。もし、こういう者に「自販機の前で10円玉を拾ったよ。ラッキー。」などと言おうものなら、「拾得物を届けない違反者がいる。」などと、警察に通報されるはめになるでしょう。用心しなければなりません。

さてD様
私は、この事件を検索しているうちに「可罰的違法性」という法律用語を知りました。
意味は、「当該行為が、たとえ法規に違反し、形式上違法であっても、それが軽微であれば不可罰とする。」というもので、「法規の濫用」を戒めているわけです。
この概念の具体例として、「一厘事件(いちりんじけん)」がよく挙げられています。

これは明治時代の事件です。
「たばこ耕作者である被告が、政府に納付すべき葉たばこ2.6gを、手刻みにして自分で吸い「たばこ専売法違反」の罪に問われた。(葉たばこは、価格にして1厘)。この事件の被告に、当時の大審院は、一審の有罪判決を破棄し、「無罪」を言い渡した。」という内容です。100年以上も前にだされた判決です。(※ 1910年)

日本の良識は、この時代から退化してしまったようです。「


次にD様 -。
前回の続きを書きたいと思います。

私は、隣人のTWと言葉を交わすようになりました。挨拶程度の時もあれば、長い立ち話になる時もありました。TWは話し好きで、私的なことから社会全般に関することまで多様な話題を投げかけて来ました。

そんなある日の夕方―。
もう紅葉は深まりつつありました。

私が買い物から戻り、車から降りようとした・・その時、駐車場の向こうからTWが歩いて来るのが見えました。仕事から帰って来たのでしょう。棟の入口で行き会うタイミングです。しかし、TWは意外にも足早で、私より5~6歩早く入口に着きました。

「今晩は。今、お帰り?」
私は、TWが中に入る前に声をかけました。

TWは、こちらに顔を向け挨拶を返す・・・はずでした。
しかし、TWは、こちらに顔を向けようとはせずに、そそくさと階段を上って行ったのでした。

「アレッ・・・?」
私はあっ気に取られました。

TWには当然、私の姿が目に入っていたはずです。
私が発した挨拶の言葉も、聞こえないはずはありません。

「どうしたのだろう?」
私は、怪訝に思いながら、階段を上り始めました。
その直後、TWが「バタン!」と部屋のドアを閉める音が聞こえました。・・ 彼は、素早く部屋に入ったようでした。部屋の前で、私と鉢合わせになるのを避けるかのように ー。

その日を境に、TWは顔を合わせるたびに、同様の態度を取るようになりました。
私は、彼が態度を変化させた原因が分からず、以前と同様に言葉をかけ続けました。時には、「ネェ、TWさん、どうしたの?」と尋ねたことも・・・。しかし、TWは私の顔を見ようともせずに、そそくさと部屋に入って行くのでした。

やがて、私も声をかけなくなりました。
私は、TWが態度を変化させた理由を知りたいと思いました。

D様
この組織犯罪には、ターゲットを孤立させる為の多様な手口があります。
悪評の流布、なりすまし電話やメール、ターゲットの仕業に見せかける悪行・・・。
ターゲットの人間関係を破壊する為、巧妙な工作が行われるのです。被害者は、何が何だか分からないままに孤立していくことになります。

私は、TWにどんな工作が行われたのか ー それを知りたいと思いました。それは、この組織犯罪の手口のひとつを知ることであり、被害への対策上、必要な知識です。

私は、それをTWから訊き出す方法はないものかと考えました。
しかし、TWの態度は相変わらずで、私は、きっかけが掴めないでいました。

そんな状態が2か月ほど続いたある日 ―。
暮れが押し迫っていました。

私は夕方、外出から戻り、部屋の鍵を開けようとしました。
すると、向かいの部屋のドアが突然開きました。

「Sさん、ちょっといいですか?」
TWは、ドアから顔を覗かせてそう言うのでした。

突然のTWの言葉に、私はドギマギしました。
「エッ・・? あ、こんばんわ・・いいけど。」

TWが部屋から出て来ました。
TWはまず、今までの自分の態度を詫びるのでした。
私は、不可解な思いをしていたことを言い、その理由を問いました。
TWは話始めました・・その内容・・それは、私を愕然とさせるものでした。

「Sさんは、精神を病んでいるからね。」

TWはそう言われたというのです・・・警察官から ―。


D様
私は、生まれてこの方、精神科で診察を受けたことは一度もありません。
また、この組織犯罪の被害について警察に相談に行ったこともありません。
また、この組織犯罪の被害者であることを、ネット上からの発信を除き、第三者に語ったこともないのです。(例外は、身内と、ごく親しい友人一人です。)

なぜ、警察官がそんなことを・・・?

TWの話の内容は・・・。
部屋に侵入の痕跡があった後、管理人に鍵を変えて貰った。でも、それで不安がすべて解消したわけではなかった。そこで一応、警察に事情を話しておいた方が良いと思い、警察署に出向いた。しかし、担当の警官は話を、さほど真剣には聞いてはくれなかった。彼は、私が「うちも侵入された形跡がある。」と言っていたことを思い出し、それを警官に話した。
すると・・・。
「その警察官が、『ああ、あの人は精神を病んでいるからね』って言うんですよ。エッ?・・って俺、ビックリしちゃって。」

TWは、頭が混乱したのでした。
そんな風には見えない・・でも、警察官が言うことだし・・まさか・・でも、嘘をつくはずはない・・・。その後、TWは、私にどう接すればいいのか分からなくなってしまったのでした。彼は、時間を置いて考えることにした・・というわけです。

「でも最近になって、あの警官の話は、おかしいって思うようになって来て・・。」

D様
ターゲットの悪評を振りまくのはこの組織犯罪の手口のひとつです。
私は、それを受け持つ要員となるのは、主にS会信者だろうと思っていました。
しかし、よもや警察官もそれを担っていたとは ー。

これは、警察に対し説明を求めるべきではないのか・・・?

市民の名誉とプライバシーに関わることを、警察官が第三者に話すことなど、許されるはずもありません。しかも今回の場合、全くのデマなのですから ー。

しかし、D様
私を襲った驚愕は、瞬時のものでした。私は意外にも、すぐ冷静さを取戻しました。
私は、この組織犯罪は、公安Kが中心となっていると確信しています。地域の住民と接する機会が多い警察官が、協力要員となるのは当然です。被害者が、警察に相談に行っても、何の解決にもならず、「統合失調者」の扱いを受けることが多いのですが、それもまた当然と言わざるを得ません。

私は、今回の件を警察に抗議したとしても、素っとぼけられる可能性が大だと思いました。。
ことを大きくすれば、KWにも迷惑がかかることになります。ですから、しばらくフリーズにして置くことに決めたのでした。

KWは、その後、県外での仕事で留守にすることが多くなりました。
私が暮らす棟は、いつもひっそりとしています。

D様
一昨年の冬のことです。
朝から雪が降りしきり、町中が白く厚いカーペットで覆われたかのようでした。
そんな日の正午近く、私は車を走らせていました・・・。

この続きを次回に書かせて頂きます。
どうか、朝夕の冷気にご留意くださいますようー。


                   2014.9.26       万留子


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(94)デング熱騒動、そして、隣人のこと

D 様

午後2時 ― この地には、清涼な光が満ち溢れています。
それは、稲穂や、収穫を待つ果実や、木の実にも降り注ぎ・・・
農作業をする人たちを幸せにしてくれています。

山々が赤や黄に染まる日も間もなくでしょう。
初秋の風は、あなたへの手紙を書く私をも優しく包んでいます。


D様
「デング熱」で、マスメディアが大騒ぎをしています。
8月27日に、患者が出たと厚生労働省が情報を出して以来、次から次へと患者が発表されています。
その数は、9月18日で133人となりましたが、まだ少人数の時点からの騒ぎです

感染源は主に代々木公園とかー。
9月4日から8割ほどの区域が閉鎖されました。

デング熱は、日本で毎年200名位の患者が出ているのですが、海外で感染したのではなく、国内での感染なので騒いでいるーと言うことになるのでしょうか。しかし、昨年も日本国内で感染したと推測されるドイツ人女性の例があります。
日本に生息していたウィルス保有の蚊が、一人の日本人も刺さずに、旅行中のドイツ人女性だけを刺したということになります。・・が、そんなはずはなく、国内感染の日本人は「夏風邪」と診断されて、熱冷ましを処方されていた可能性があります。デング熱には有効なワクチンはなく、いずれにせよ対症療法しかないのですから ー。

昨年、国内感染の可能性すら報道しなかったマスメディアは、今年になりテンションの高い報道に明け暮れたのでした。  「熱冷まし」でも処方してやりたいほどの過熱ぶりです。

デング熱騒動について、ネット上で様々な憶測がなされています。
代々木公園内で寝泊まりしているホームレスは30名ほどおられるとか・・・患者が出なかったのは幸いであり、不思議・・・です。



D様

前回の続きを書きたいと思います。

一昨年の初夏 ―。
夕方、部屋のチャイムが鳴りました。
ドアのレンズを覗くと、若い男性が立っていました。

「向かいの部屋に入居したTWと言います。」
男性は、自分が見られている気配を察し、自ら名乗りました。

私がドアを開けると ー。
「あ、どうも・・・挨拶が遅れてすみません。」
彼は、若者らしい率直な視線を私に向けました。
中肉中背で、30歳を少し過ぎたくらいでしょうか ー。

「初めまして。Sと言います。よろしく。」
私はその言葉のあとに、原発の町から避難していることを付け加えました。

彼は、福島県中央部の町から、自主的に避難して来たとのことでした。
そして、Y市内の建設会社で臨時雇いの仕事をしていると ー。

そんな簡単な自己紹介の後 ―。
彼は思いがけないことを言い出しました。

「Sさん、僕の部屋に誰か入っていくのを見たことないですか?」
「誰か?・・って、他人が?」
「ええ・・・部屋から出た時でもいいですけど・・。」

私は、その質問の理由を問いました。

「変なんですよ。留守の間に枯れ草が置いてあるんです。」
「枯れ草・・・?」
「ええ。今日で2回目ですよ。そんなものが部屋にあるなんて・・・気持悪いですよ。」

私は、彼に何が起きているのかを瞬時に理解しました。
彼は今、組織犯罪の被害の初期段階にいるはずでした。
初期段階と言っても、それが必ずエスカレートしていくとは限りません。そのまま終わる場合があるし、次の段階に行くまで何年もかかる例もあります。

この犯罪の加害者たちは、当たり前のように家宅に侵入します。
侵入には当然、合鍵が使われますが、特殊な器具を用い、思いも寄らぬ方法での侵入も行われます。
また、この組織犯罪の特異性を鑑みれば、あらかじめ侵入経路を細工していることもあるはずです。いずれの場合も、加害者は痕跡を残さぬよう細心ンの注意を払いますから、不法侵入を証明することは困難です。
この犯罪を被害者の妄想として隠ぺいするには、証拠を残すことは「禁忌」となります。

D様
それなら何故TWの部屋には侵入の痕跡を残したのか ー と、お思いですか?
D様、これも巧妙な策略なのです。あえて痕跡を残す場合があります。
被害者が状況を説明し、他人に不法侵入を訴えたとしても、どうなるわけでもないと読んでいるのです。

たとえば、TWが今回起きたことを誰かに言ったとします。
「自分の部屋に誰かが侵入して、枯れ草を置いて行った。」
彼のその言葉が、第三者に理解されることはまずありません。理解を得ようと、熱を込めて説明すればするほど、相手に異常性が伝わっていきます。相手は「ちょっと、おかしな奴だな」と不審感をだくようになります。何人かにそれを繰り返すうちに、TWは「精神状態がおかしい」と囁かれるようになるのです。

被害者を取り囲む「第三者」の中には、加害者や協力者が混じっているケースも少なくありません。
それらの者たちは、何も知らない第三者を巧妙にリードし始めます。そして、心配する友人を演じつつ、TWの悪評を広げ、孤立させていきます。TWは言い知れぬ不安を感じつつ、「孤独感」や「疎外感」に襲われていくというわけです。

もちろん、これは加害者側の思惑通りに事が進んだ場合の話です。被害者がその流れをプロテクトし、利口に立ち回ることが出来れば、結末は違ってきます。しかし、加害者たちにはすぐ、別のシナリオが用意され・・・。

D様
この組織犯罪は、ターゲットを「精神異常者」に仕立て上げることを、ひとつの到達点としています。
統治体制に不都合な者を精神病院に送り込むことは、為政者がよくやる手口です。旧東側諸国では体制に批判的な者や不都合な者は「精神病者」として病院に閉じ込められました。また、「事件のねつ造」「冤罪」「微罪への厳罰」などで、長期間、刑務所に繋がれることも多かったのです。

その手法が今、日本で取られています。

D様
この国は、いつの間にか、治安維持のための巨大な組織を作り上げてしまいました。
多額の予算、そして膨大な要員・・・更には、地域社会のいたる所に配置した協力者たち - 。
この治安維持システムを機能させておくには、常にターゲットが必要となります。

私は、全国の自治体ごとに、一定数の被害者がいると考えています。各自治体ごとの機能は連結され、日本全国を網羅しています。ターゲットがどこに移動しようとも、移動先のシステムにシフトされ「加害」が継続されていきます。旧東側諸国の工作員も驚くほどの緻密さと巧妙さをもち、ハイテク機器を備えた「モンスター」が、日々進化しているのです。この治安維持装置を機能させておけば、いつ何どき、支配体制をおびやかす「悪人」が出て来たとしても「安心、安心」というわけです。

何故、自分にこんなことが・・・ 自分に何が起きているのか・・?
言い知れぬ恐怖の中で、被害者たちはもがいています。
この「装置」の中で、人生を破壊された人々を言うなれば、「装置の燃料」です。


D様
枯れ草が部屋に置いてあった ― とTWは言いました。
私は、返答の言葉に迷いました。この組織犯罪を短時間で説明することは無理です。

「この建物は空き部屋が多いし、気を付けた方がいいと思うよ・・。」
私は、無難にそう言うほかはありませんでした。

するとTWは、「Sさん宅には、不審なことはないですか?」と訊いて来ました。
「不審なこと・・・実はね、私のところも侵入されている形跡はあるのよ。」

形跡どころか、物の紛失、破損、破壊、汚染・・・加害者たちは、日常的にやりたい放題でした。
しかし、そんなことをTW話したところで、理解を得るのは至難のことです。

「えっ、ほんとですか? 何か盗まれたんですか?」
「いや・・侵入の形跡だけ。今ね、インターネット上には、不審な家宅侵入を訴えている人が多いのよ。」
「そうですか・・やっぱり、鍵を変えて貰うしかないですね。」。

この組織犯罪においては、鍵を変えるのは無駄なのです。合鍵などすぐ作ってしまいますし、侵入口は玄関だけと限りません。でも、私は余計な説明はせずに「その方がいい」とだけ答えました。

その日から、私はTWと顔を合わせる度に、立ち話をするようになりました。
TWは組織犯罪について、断片的な知識を得たようでした。

「不審な侵入は、その後も続いてるの?」
「鍵を変えてもらいましから、大丈夫のはずです。枯れ草は置かれてないし。」
でも、用心はしているとのことでした。

ある日 ―。
TWはまた、意外なことを言い出しました。
「3階のNSさんですけどね、あの人、変だと思いませんか?」

NSさんは、TWのすぐ上の部屋に住んでいる一人暮らしの女性です。歳は50代半ばくらいでしょうか ー。足が不自由で杖を使っています。階段を上り下りする時は、一段一段にかなりの時間をかけなければなりません。辛そうなので、「お手伝いをすることがあったら、何でも言って下さいね。」と声をかけたことがありました。

「NSさんが変?・・・どうして?」
 私は、TWに尋ねました。
「あの人、足悪くないすよ。」
 彼は、あっけらかんと言うのでした。

TWが言うには・・・。
この古い集合住宅は安普請に加え、空き室が多いせいか、上の階の物音がよく聞こえてくる。もちろん歩く音も ー。
ところが、足が不自由なはずのNSの足音は・・・。
「トントンとリズミカルなんですよ。軽い足取りで部屋中を歩いますからね。」

私は、驚きました。
「じゃ、何のために杖なんかついて・・。」
「そこなんですよ。あの人、何かの補助を受けてるんじゃないかな。」

TWは、NSに苛立ちをもっているのでした。
NSは、重い物を落としたような音を頻繁に立てると言うのです。静かにしている時にドスンとされると「ビックリしてしまう」と ー。

D様
TWは、この組織犯罪における「ノイズキャンペーン」という被害を受けていたと思われます。
音による嫌がらせです。多様な方法がありますが、集合住宅の場合は、階上・階下・隣室などからの騒音が多いようです。大きな音の他に、判別できない異様な音、人の嬌声や笑い声、動物の鳴き声、水の音・・・・「音」のすべてが巧妙に使われ、被害者の神経を疲弊させていきます。この被害もまた、他人には理解されることは困難です。

D様 この組織犯罪には、多くの市民が協力者として取り込まれています。末端の協力者は、指示された行為を、意味も分からぬままに行うだけだと思われます。公的な生活保護を受給している方々の中には、頼まれれば断れない事情があるのかも知れません。もちろん、私の推測にすぎませんが ー。

TWとは顔を合わせれば、立ち話をするという隣人関係が続きました。
しかし、ある日を境に,TWの態度が突然、変わってしまいました。
D様、この続きを次回に書かせて頂きます。

朝晩、思いがけないほど冷えるようになりました。
ご自愛くださいますようー。


                                           2014.9.19   万留子「           



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(93)大震災の日に ー。

D 様

久しぶりに手紙を書かせて頂きます。
私は今も、山形県Y市で暮らしています。原発の町から避難し3年半が経ちました。

山あいの小さな盆地 ― この城下町には原発の町とは違う空気が流れています。
昔日への郷愁と誇り、そして行き場のない気だるさが奇妙に混じり合っています。

人は、進化する社会の波動を感じつつも「新しさ」を警戒します。地域の歩調が優先され、互いの顔色を窺いながら歩を進めるのです。それはこの町に限ったことではなく、日本中のどこにでもある「不文律の掟」なのかも知れません。

それでも、長い歴史の中で培ってきた地域の文化は、それぞれの特性を持っています。ここY市は豊かな食文化が息づいています。秋の実りから、豪雪の冬に備えた保存食、春に芽吹く山の恵み・・・、豊富な農産物と畜産物は地域の人々の食卓を豊かにしています。

しかし、組織犯罪の網は、この地域も例外とはせず張り巡らせています。
この町に来てから起きたこと ー 今後、少しづつ綴っていこうと思います。
以前のペースでお届け出来ることを願うばかりです。


D様
私がかつて住んでいた富岡町は、今も居住が制限されています。昨年から比較的自由に立入りが出来るようになりましたが、放射線量はまだ高く長時間いることはできません。私が最後に家に戻ったのは昨秋で、もう1年前のことになりました。

私が暮らしていた家は、震災の日から時が止まっています。部屋の中は物が散乱し、周囲には割れた瓦が落ちたまま・・。ハンガーに吊るした洗濯物はそのまま色褪せています。隣地に建つアパートも瓦を散乱させたまま同じ佇まいを見せていました。あの陰気な住人達はどこへ行ったのでしょうか・・。

「こんな町、無くなってしまえばいい…。」
あの頃、私は何度そう思ったことでしょう。
私は組織犯罪の波の中でもがき続けていました。その汚れた波は、来る日も来る日も押し寄せ・・・・。
私は、自ら封じ込めた「不安」や「怒り」や「恐怖」の重みで沈みかけていました。

あの大震災の日も ー。
朝、目覚めた時・・私は、視界が遮られているのを感じました。左目の視界が半分ほどしかないのです。
私は目をこすってみました。・・・・状態は変わりません。何かが眼に貼りついているような感じでした。

私は洗面所に行き、鏡の前で瞳を見開いてみました。鏡面に顔をくっ付けるようにして、その異物を見つけようとしました。しかし、肉眼では確認できませんでした。

私は、洗面器に水を張り、その中でまばたきをしてみました。しかし、症状は同じでした。何度そうしても左眼に引っ付いている異物は取れないのです。その後、夫に見てもらったのですが「分からない」とのことで、医者に行くことを勧められました

視界を遮っているのは、大きな異物ではなく、ごく微小なものであることは確かです。
それが瞳の中心部分に貼りついたのでした。就寝中に・・・・。

当時私は、朝目覚めるたびに、体に何らかの異常を感じていました。それは、手の硬直だったり、足の関節の異様な痛みだったり、頭皮にトゲが刺さったような感覚だったり、眼の奥の痛みだったり・・・。

医者に行かなければ・・・。
そう思った時、「暗鬱」が私を襲いました。胸の動悸が速くなり・・・・私は再びベッドに横になりました。
天井を見上げれば、視線の先に漆黒の影がつきまといます。私は、怒りと恐怖の叫び声を必死で抑えました。

午後になり、私はふと温泉に行くことを思いつきました。
車で5~6分の距離にある町の施設で、低料金で利用できます。そこでゆっくりサウナにでも入れば、眼の異物は取れるかも知れない・・・そう思ったのです。

結局・・・何も変わりませんでした。
私は、浴場の鏡の前で眼を見開き、その異物の正体を見極めようとしました。しかし、それは瞳に溶け込んでしまったかのように姿を見せませんでした。

私は浴場を出て、憂うつ感の中で身支度と整えました。
「やっぱり病院に行かなければ・・・」 
そう思った時 ― 脱衣所が揺れました。

「地震・・?」
私はとっさに、洗面台のそばに身をかがめました。
強い地震だけどすぐ治まる ー そう思いました。

しかし、揺れはより激しさを増し、建物を倒さんばかりの勢いになりました。一緒に屈んでいた若い女性が悲鳴を上げました。私は洗面台の端にしがみ付き、激しい揺れに耐えていました。

「この建物は崩れるかも知れない・・・私は、ここで死んじゃうのかな・・」
そんな思いがよぎりました。それでも、頭の中は不思議なほど冷静でした。
それでもいい・・・と思ったのです。

揺れが治まるや、私は急いで外に出ました。道路に大きな亀裂が入っていました。
あたりの家々は屋根瓦が落ち、石塀が崩れ・・・・未曾有の地震でした。

D様
こんな町、無くなってしまえばいい・・震災前、私は何度もそう思いました。それはもちろん不可能を前提としたものでした。子供が母親に叱られ、「ママなんか、いない方がいい!」と悪態をつくような・・・そんな類のものです。それが思いもよらない形で実現したのでした。

震災の翌日 -。
私と夫は、隣村の避難所に向かいました。その時のことは、以前の手紙に書かせて頂きましたので、ここでは省くことにします。ただ、眼に貼りついた異物のその後は、書かなければなりません。

避難所の堅く冷たい床に座り、私は呆然としていました。回りには、不安げな表情を浮かべた住民たちが三々五々に寄り集っていました。そんな人々を見る私の視線の先には、相変わらず漆黒の影がつきまとっていました。私の頭の中に小さな苛立ちが芽生え・・・・それが次第に大きくなっていきました。

私はトイレに行き、手洗い場の水道でタオルを濡らしました。
トイレは不思議なほどすいていました。他に人はいませんでした。

何かが貼りついているのは確か・・・。
私は左眼を見開き、濡らしたタオルを瞳に当てました。そして、そのまま強くこすりました。
眼球の表面に痛みが走りました。

そんな荒療治が、眼に良くないのは分かっていました。
しかし、そうせざるを得ないほど私は苛立っていました。
私は、何度もそれを繰り返したのでした。

思った通り、その黒い異物は動きました。
それはアメーバーのように眼に貼りついていましした。それはこすられるたび千切れ、次第に視界から消えていきました。瞳から視界に影響のない部分に移動したのです。

破片はまだ残っていましたが、視界はほぼ元通りになりました。
あとは、落ち着いてから眼科に行けばいい・・・そう思いました。

D様
このY市に来てから、私は眼科に行きました。
担当した医師は、福島県北部のSR市で眼科を開いているとのことでした。週に1度ほどY市まで診療の手伝いに来るのです。

「眼に小さな異物が貼りついているので、取って頂きたいのですが。」
私は、医師に言いました。答は意外な者でした。
「何も付いていません。」
良く調べもしないで、そう断言するのです。

「でも、視界に小さな異物が見えています。」
「だから、何も付いてません!」

けんもホロロでした。異物とはどんなものか?  との、当然の質問もありません。
感じの悪い医者 ー 私は後味が悪い思いでその医院をあとにしたのでした。

その異物の破片は、今も私の視界から消えていません。
いずれ大きな病院で診てもらおうと思ってはいますが ー。
現在、私の目の異常は他にもあります。それは、いつか折を見て書こうと思います。


D様
このY市に来て3年半 ー。
私は現在、以前と同じ集合住宅に住んでいます。
敷地内に2棟の建物がありますが、いつの間にか、ほとんどが空き室になってしまいました。
ドア向かいの部屋は、老夫婦が確保したようでしたが、1度も住むことなく退去して行きました。

さて、一昨年の初夏・・・夕方のことです。
私の部屋のチャイムが鳴りました。ドアのレンズ越しに外を見ると、若い男性が立っていました。
男性はドア越しに「向かいの部屋に入居した者です」と名乗りました。
確かに家財が運び込まれたようでしたが、入居していたとは知りませんでした。

私はドアを開けました。すると、この男性は意外なことを言い出したのです。
D様、この続きを次回に書かせていただきます。


油蝉たちが遠くで鳴ています。
稲穂が微風に揺れているでしょう・・・・
静かな初秋の午後です。

では ー。

                     2014.9.10 万留子



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再始動します

読者の皆さまへ


久しぶりに管理ページに入ることが出来ました。
最後の更新から2年9カ月が経ってしまいました。

管理ページに入れなかったのは、fc2のIDに起因する理由ではありません。精神的なもの ー 長く緩慢な「鬱」が私を覆っていました。疾走していく「時」の中で、ひとり身体を硬直させ立ち止まっていたように思います。
書きたいことはいつも抱えていたのに、それを文字にすることが出来ませんでした。ネット上で自分のブログを見ることすらありませんでした。

何がきっかけで、そこから脱することが出来たのかと問われれば答に窮します。また、完全に脱したという自信もありません。ただ言えることは、組織犯罪への私の怒りは消えようはずもなく燻ぶり続けていたということです。それは日ごと熱を増し、その熱さを内在させていることに苦痛を感じるようになっていました。

組織ストーカーは以前にも増して悪質化し、私を取り囲んでいます。組織化されたこの犯罪は日本全国で繰り広げられ、被害を訴えれば「精神障碍者」として隔離されるシステムも出来上がっています。この日本において、誰にも理解されないままに葬られてしまった人生がどれほどあることか ー。
再始動へのエネルギーとなったのは「怒り」に他なりません。燻ぶり続けていたそれが炎を立て始めたようです。

以前と同様のペースで更新を続けられればと思っています。が、しばらくは不定期になるかも知れません。それでも、踏み出した歩は確実に進めて行かなければなりません。

今後ともよろしくお願い致します。


2014.9.3 万留子





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